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2013年07月01日

岡田斗司夫の近未来日記 261回「学生の質問」2

img『進撃の巨人』を最初に持ち込んだのは週刊少年ジャンプだったけど、編集者にダメ出されたので、作者はマガジンに持ち込んだそうです。進撃の巨人を逃したこの編集者は、今どんな気持ちだと思いますか?
(岡田)彼が一流の編集なら、たぶん喜んでる。


週間アスキー2013年7月9日号掲載

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 前回に続いて、大阪芸大の学生さんからの質問と回答。一つあたり五秒考えて、三~五分で答えたよ。

●『進撃の巨人』を最初に持ち込んだのは週刊少年ジャンプだったけど、編集者にダメ出されたので、作者はマガジンに持ち込んだそうです。進撃の巨人を逃したこの編集者は、今どんな気持ちだと思いますか?
 
(岡田)
 彼が一流の編集なら、たぶん喜んでる。ジャンプだったらひょっとしたら潰していた才能が他で開花して、おまけにその連絡先をジャンプでは「自分だけが知ってる」状態だから。
自分の下でデビューするのがそりゃベストだけど、他でデビューするのはベター。
バッドなのは「才能ある新人が潰れること」。

●リアリティのあるロボット物が好きなのですが、同時に巨大人型ロボットもたまらなく好きです。これら二つを両立させる事は可能ですか。
 
(岡田)
 たぶん無理。人間大の自律ロボットは可能だけど、サイズを二倍にすると質量は三乗の八倍になる。
ところが自重を支える骨格の強度は断面積強度に比例、つまり二乗の4倍にしかならない。身長50メートルのロボットは人間の30倍。重さは30の三乗で二万七千倍だけど、骨格強度は30の二乗でたった九百倍。こんなロボットは、自分の重みを支えられず立てないよ。
バケツ型プリンって思ったように皿の上に盛り上がらず、デローンと拡がるでしょ?アレと同じです。

●小説やマンガからアニメ化される時の話です。友人は原作が至高、原作通りが一番良い、勝手にオリジナル要素を加えたり、端折ったりすることは妥協していると考えています。
私は作品の媒体が違えば制約や表現方法が異なり、原作通りにいかないことは仕方ないと思いますが妥協しているとは思いません。
むしろそれによって原作をこえることもあると考えています。友人には思いっきり否定されたのですが、先生はどう思われますか?
 
(岡田)
 アレクサンダー・ケイという作家の書いた『残された人たち』という、わりと面白くない小説を改造しまくって、宮崎駿は『未来少年コナン』という大傑作アニメを作った。
その息子・宮崎吾郎はアーシュラ・K・ルヴィンの『ゲド戦記』という超一流小説をできるだけ忠実に映像化して、わりと面白くないアニメ『ゲド戦記』を作った。
なのでケース・バイ・ケース。原作の三倍面白くする自信が無いなら、原作通りにするのが安全、かな。

●神への信仰心というものが理解できません。どうしてある種の人々は、見えないものや存在するかもわからないもののために祈り、不自由さを受け入れ、時には命を投げ出すことができるのでしょうか?
(岡田)
 そういう君だって「愛」とか「自分の才能」とか「権利」みたいな、見えないし存在の証明もできないもののために頑張ったり泣いたりするでしょ?
目に見えるモノだけを根拠にするのは理性的だけど、それしか信じないのは知性的じゃないよ。


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otakingex at 07:00コメント│ この記事をクリップ!

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