いやはやトーレンの苛立ちもごもっとも。しかしそんな根性では日本語がダメのままである。
週刊アスキー 2013 4/30
週刊アスキー 2013 4/30

「ミスター佐藤と話しても意味がない。ワタシの日本語と彼の英語で会話できるのは、お天気の話だけだ。ワタシは知的な会話がしたい。お天気の話なんかくそ食らえだ!」
いやはやトーレンの苛立ちもごもっとも。しかしそんな根性では日本語がダメのままである。僕らは必死で説得したけど、トーレンはやがて「たどたどしい日本語」を使うのをぱたっとやめてしまった。
かわりに彼は英語を教えるのがめちゃくちゃ上手かった。僕も彼と数日間、アメリカ旅行するだけでどんどん会話できるようになった。
外国語の習得には二つのモードがある。
「母国語で考えて、外国語に変換」
「最初から外国語で考える」
僕たちがトーレンから習ったのは、後者の方法だ。自分の持ってる英語のボキャブラリーの範囲でのみ考える。まるでコールタールの中を泳ぐようにもどかしいけど、考える時に日本語を使わずに英語のみで考えるクセをつけると、それを表現するために話すのはずっとたやすくなった。
トーレンから英語を鍛えられた僕たちガイナックス社員は、彼と英会話で議論を楽しんだ。トーレンはSFファンであると同時に、キョーレツなまでに宗教嫌いだった。故郷のカナダの田舎町を追い出された理由もキリスト教をバカにする演劇を高校の文化祭で上演して大騒ぎになったからだと言う。
論敵としてのトーレンは本当に手強く、疲れ果てて「トーレンは生まれ変わったら日本人になりたいんじゃない?『ああっ、女神様!』だってスラスラ読めるし」とからかっても、こう返してきた。
「このトーレン・スミスに生まれ変わりや死後の世界を聞くのかい?」
「神はいない。死後の世界はない。だから生まれ変わりもあり得ない」
「英語を話せるワタシが、さらに日本語を話せるようになるのはスバラしい。でも日本語しか話せないミスター佐藤になるよりは、英語しか話せないトーレン・スミスでありたい」
いやもう、憎たらしいったらありゃしない!
神も生まれ変わりも信じなかったトーレン・スミス。
君は日本のマンガを世界中に紹介してくれた。君の死を悼むファンの声は「死後の世界などない」と言う君には届かないんだろうか? 本当に死後の世界も神も、この世界にはいないんだろうか?
願わくば、英語が話せない日本人に生まれ変わってくれないかなぁ。で、数年か数十年後たったある日、記憶が戻ったら面白いのに。
その時はトーレン、「ごめん、ミスター岡田。僕の間違いだった」とひと言謝ってくれたら、許してあげるよ。