評価」が「貨幣」を超える日がやってくる!? 岡田斗司夫×田端信太郎対談 「ニコ生×BLOGOS」の特別編としてお送りしました「岡田斗司夫×田端信太郎対談 「評価経済社会」はどこまで「現実」になっているのか?」
対談のテーマとなったのが、岡田斗司夫さんがダイヤモンド社から出した本「評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている」で、岡田さんが書いている「評価経済社会」について。
これから貨幣経済はどうなっていくのか?評価経済というものが、私たちの未来にどのような影響を与えるのか?2人が徹底的に議論しました。
1時間を越える対談となりましたので、前後編でお送りいたします。
対談場所:ソーシャルアパートメント麻布十番
■出演
岡田斗司夫(FREEex代表)田端信太郎(NHNJapan 執行役員兼広告事業グループ長)
司会:大谷広太(BLOGOS編集長)
「評価」と「お金」どちらも持つのが理想
田端:岡田さんの「評価経済社会」って本を読ませてもらって。「評価経済社会」については97%ぐらい“同意”なんですよ。割と本の内容を真に受けるところがあって、ドンドン実践したいみたいなところも含めて、色々考えているんですけど。でも、具体的にどうしたらいいのってところを教えてほしいんですよね。
岡田:田端さんの場合は、リアル世界ですでにお金が回る職業をやっているから、割とやらなくていいっていうのが、僕の見解なんですよ。「評価経済社会」っていうのは、社会全体が一斉にガっと向かうんではなくて、人ごとに違うと思うんですけど、たぶんね、金を稼いでいる奴ほど遅いんです。ていうのは「評価経済」で、例えば「物を得る」ことって、お金が無くても可能なんですけど。
頭を下げたり、ほんのちょっと挨拶をしたりとか、面倒くささがあるんですよ。でも、金だったらその面倒くささがないじゃないですか。その面倒くささを取るのがイヤな人は、金払ったほうが手っ取り早いから「評価経済なんていらないよ!」「金でいいじゃん!」って言えると思うんですね。でも、現にお金回りがそんなに裕福でない人っていうのは、同じように金稼いで、年収1000万とか1500万を目指すよりは「評価」を稼いだほうが、幸せに近づくんじゃないのかなと。
話を戻しますと、田端さんの場合は「評価経済」のつまみ食い。「円」だけで(貨幣を)持っているとヤバいのと同じです。結局は両方(貨幣経済と評価経済)やっているのが一番おいしいと思うんですけど。
田端:今日のテーマなんですけど、本の帯にも「お金の時代から評価の時代」とか、シフトするような表記がありますけど、そういう分脈でどうしても考えちゃって。「これからはお金があっても仕方ない」だとか、「お金持っている奴が世の中の強者だったけど、これからはお金を持っている奴がむしろ弱者」みたいに、完全に入れ替わったっていう形の理解をされがちなところがあるんですけども。
岡田:どうしても本の中で「5年スパン」「15年スパン」「30年スパン」を混ぜて書いちゃているから、絶対混乱が起きちゃうんですよね。基本、お金の有用性はなくならないんですよ。でも、お金だけで評価がない人は、すごく金がかかるようになっている。「評価社会」じゃなくて「評価経済社会」だから。基本は「損」か「得」なんです。「金あったほうが得じゃん」っていう社会から「評価されたほうが得じゃん」とか「評価を失ったら損じゃん」っていう社会になるだけの話。
田端:色々な意見を読んでみたんですけど、もしかしたら誤解されているかもしれない方がいっぱいいて。「損得」を気にしているやつはそもそも評価を得られない。究極の善人みたいな感じになって、いいことをやっていれば餓死しそうな時でも、手を差し伸べてくれる人がいるみたいな。甘っちょろいといえば甘っちょろいんじゃないかなと。
岡田:それはね、マネー経済社会で「本当の豊かさとは?」と言うのと全く同じで。「評価経済社会」で、本当に評価が高いとか言ってもあんまりしょうがないんですよ。そうじゃなくて、マネー経済社会だったら「金に汚いもキレイもあるかい!とりあえず、金稼がんかい!」みたいなもんで。「評価経済社会」も、正直なところ「評価にキレイも汚いもあるかい!」という考え方です。
田端:あっ、そうなんですか!いい評価、悪い評価っていうのはない?
岡田:もちろん、いい評価、悪い評価っていうのはあります。マイナスになっちゃう評価もあるんですけれど、偽善はやったほうがいいというのが考え方なんですよ。偽善を一度やったら死ぬまで偽善をつらぬけと。十分な偽善は、本当にいい行為と見分けがつかないから、それで十分じゃないかっていうのが、僕の考え方なんですけど。
田端:もう1ついうとね。僕なんかも一応、ビジネスマンの端くれとして、頭の80%か90%はお金のことを考えているんです。お金を稼ぐことよりも、ある意味「評価」を稼ぐほうが、もっと難しいんじゃないかって僕は思うんですよ。だから変な言い方すると、さっき岡田さんが「今はお金がある人はやらなくていいです。お金が無い人こそ、むしろ評価を稼ぎましょう」っておっしゃってたんですけど。ちょっとおっさん臭いことを言わせてもらうと“金を稼げないやつが評価を稼げるのかよ”というところはありまして。
岡田:それはね、15年前か20年前は、金を稼ごうと思ったら、ワリと誰でも稼げる時代だったそうなんですけど、今は稼ぎにくいんですよ。この時代の若者が稼げるのって小金ですよ。数万円とか数千円の金だったらなんとか稼げるんですけども、年収何百万とか何千万っていう世界はみんななかなか行きにくいので、両方を成立させようとすると、すごくしんどくなると思うんですよ。
田端:お金じゃなくて評価を優先させるっていうことは、例えば今時給1000円で一日8時間働いているけれども、それを4時間にして、残りの4時間で・・・みたいなことですよね?
岡田:彼らは就職しようとする時にどうしても「条件」にこだわっちゃうんですよ。でも親の世代は「お金」だから。ちゃんと社会福祉あるのか? 正社員待遇なのかって言って、金の世界にこだわっちゃって、年収200万とか250万いくんだったらいいんだけども、フリーターとかいつまでやっていてもダメだっていう風になっちゃうんですよ。でも、僕が見ている限り、そうやってムリヤリ就職した大学生って、4分の1ぐらいが最初の2~3ヶ月でドロップアウトして、1年以内で辞めちゃう場合がすごく多いんです。
そこまでムリをして、年収200万とか300万にこだわって就職して、会社辞めちゃって。でも会社一度辞めちゃったら、バツがついちゃいますよね。バツイチみたいに。それよりは、時給800円とか1000円ぐらいのバイトをずっとやりながら、それで華やかに暮らすことを考えたほうが豊かだと思うんですよね。なんでかっていうと、年収200万とか300万で、意に沿わない仕事をやっていたら、土日とアフター5にかかるストレスが大変じゃないですか。結局、それに金を使っちゃうんですよ。稼いだ金の大半をストレス解消に使っちゃってるから、これは効率が悪い。
田端:車でいえば、燃費が悪いですよね。
岡田:はい。だったら、もうちょっと自分でやりたいことをやって、将来が見えなくても時給800円とか1000円で、ダラダラ働いていたほうがいいし、そのほうが自分のやりたい仕事だから周りの人に評価してもらえる。でも、今ムリヤリ、年収200万とか300万とかの正社員枠の仕事って、お前じゃなくてもいい仕事ばっかりだと思うんですよ。そうすると評価がたまらない。まだパン屋さんでバイトをして、そのパン屋さんで役に立つ店員になったほうが評価が貯まると僕は思っているんですよね。
田端:それって“手に職をつける”とか“目の前の金を追わずにコツコツやっていれば、お金はあとからついてくる”とか、そういうのと実はそんなに違わないんですよね?
岡田:違わないですね!そういうのって「人生訓」として語られるんですけど、僕は「損得勘定」で言っているんです。損得勘定や長期的な人生の得を考えるんだったら、手近な金に飛びつかないで、楽しいことで周りの人に感謝されることのほうが効率がいい。結局、ストレス解消で金使うことになっちゃうんですね。知り合いで金持ちの人いますけど、金の使い方を見たら、すごいもったいないんですよね。1000万円するカバンを買ってみたりとか。
就活はイケメン・美女のほうが得
田端:「貨幣」と「評価」って対義語で語られているじゃないですか。そこの中にね、経済っぽい動きかもしれないですけど「資本」って言葉もちょっとあるかなと思って。(本の中に)「評価資本」っていう言葉がでてくるんですけども。例えば、今この2012年のお金持ちって、貨幣を持っている人たちじゃないと思うんですよ。現金で別に何兆円も持っているわけじゃないですよ。ビル・ゲイツだろうが、ザッカーバーグだろうが、バフェットだろうが、現金を何兆円も積み上げているわけじゃなくって、そういう系の人ってほとんど「資本」を持っているんですよね。株式会社のオーナーだったりして。
岡田:でもね、それって・・。じゃあ、わかりやすいように「マネー経済」を「円」としますよね。「評価経済」の通貨は仮に「スター」としましょう。じゃあ、バフェットとかビル・ゲイツは何兆円も持っているんですけど、恐らく何兆スターも持っているわけですよね。つまり、彼らが“こうだ”ということで、世の中が動くわけです。でも、同じぐらい何兆円も持っていても、全然動かないやつもいますよね。だから結局、今の金持ちでも何兆円も持っていて、評価資産を何兆スターも持っているやつと、ほとんどゼロスターのやつがいるわけですよね。
田端:例えば、バフェットとかビル・ゲイツと同じぐらいの金持ちでも、単なるアラブの石油王みたいなのはスターは少なそうですよね。「たまたま石油の王族の王子に生まれて、相続で稼いだんだろ」っていうのと「自分の手で金持ちになった」っていうのでは・・・。
岡田:だから「通貨」をリアルマネーだけで考えると、彼ら(ビル・ゲイツやバフェット)の状態を正確に記述できない。俺の考える「評価経済」で考えたほうがわかりやすいんです。現に僕らは2種類以上の通貨を使っていて、リアルマネーと評価マネーを両方持っているやつは最強に強いし、実はリアルマネーが少なめでも、評価マネーが多めのやつはかなり強いんだけども。リアルマネー多めで、評価マネーが少ないやつって利用されるばっかりじゃないですか。結局、何かしようと思ったら、そいつの評価が少ないから周りによってくるのは、カネ目当てのやつばっかりだし。なんとかして金を使わせようとする人ばっかりだから。
田端:だから、僕なりにこの本を意訳させてもらうと。お金を持っているよりも、資本を持っているやつが一番強いと。で、資本の中には文字通り「お金」って資本もあるけれど、例えば「学歴」も1つの資本ですよね。すごいうまいラーメンについて知っているとか、レポートの書き方、プレゼンの仕方を知っているっていうのも「資本」かもしれないし。英語を話せるっていうのも、広い意味では「資本」かもしれませんよね。目の前のことを気にせず「評価」の貯まるような仕事をというのは、昔からのビジネス用語や経済用語に言い換えると「人的資本が貯まるような仕事」になる。これを若いうちはまずやるべきだと。
岡田:まず若いうちは・・・というのは、今リアルマネーを貯めにくい時代だから。あと若い子はリアルマネーを貯めてもやることないんですよ。ていうのは、リアルマネーを僕らが貯めたいのはなんでかっていうと、快適な暮らしをするためか、自分が事業を起こすためだと思うんですね。でも、快適な暮らしをするのにそんなにリアルマネーは必要ない。恐らく年収200万円か300万円あれば十分。次に事業を起こすのは、評価資本があったほうが、リアルマネーがあるよりよっぽどいい。だって仕事やるのに「僕は工場をおさえてTシャツを作る」みたいな古典的な話って今ほとんどないじゃないですか。それよりも「お前は知り合いだからTシャツ作ってやるよ」っていう、人的資本のほうがよっぽど大きいと思いますよ。
田端:僕は「評価経済」になったからって「資本主義」が否定されるわけじゃないんじゃないかって思えてきちゃったんですけど。その理解で間違ってないですか?
岡田:ちょっといいですか。時間軸をガーッとずらして。科学ってキリスト教から生まれたじゃないですか。結局、キリスト教のベースの上に科学っていうのが乗っかっているから、ニュートンもキリスト教徒ですよね。じゃあ、彼らにしてみれば自分のやっていることは科学かと言われたらキリスト教だと思っているんですよ。それで研究しているうちに、こういうことがわかったとした場合、じゃあそれはキリスト教なのかと。
僕らはもうそれを「科学」として認識している。だからリアルマネー経済にしても、ある段階までリアルマネー経済なんですけども、さっき話したようなリアルマネーを持っているだけでは説明できないことが起こってきているんです。例えば、何年か前に有名人好きのおっさんと飯を食ったんです。そこで「僕、オリンピック選手です」っていう人がいたわけですよ。彼らがこんな仕事したいとか、こういうのを輸入して売りたいといったら、その場にいるパトロンのおじさんみたいのがいて「それだったら、俺がやってやるよ」といって、仕事が決まっていくわけですよ。
これはかつての経済では考えれない。イレギュラーなことだと思うんですけども、イレギュラーなことがあまりにも僕は日常で起こってきていると。ただ単に1000万円持っているやつが有利なんじゃなくて「評価」を持ってるやつは1000万円持っているやつより有利かもしれないような状態がでているので。さっき話した、これをキリスト教と捉えるのか、科学と捉えるのかっていうのは、フレームの違いかもわからないんですけども。
僕は貨幣経済がもう限界にきて。これが限界にきているからといって破綻して潰れはしないんですけど、フレームだけで乗っかっているから、僕はそれを「評価経済」と呼ぶけども、人によっては「いやいやいや。貨幣経済で十分説明可能だよ」と言うかもしれない。それは別にニュートン力学は、キリスト教用語で説明可能だけども、科学のほうはスッキリ説明できるじゃんっていうのと一緒で、だったら評価経済のほうがスッキリ説明できるよって。
田端:結局、ほとんどの現実社会では、アインシュタインに出てきているニュートン力学で説明つくみたいな意味で、貨幣経済が急には廃れないと?
岡田:廃れないと想います。だから、貨幣経済の勝者というのは、まだ30年ぐらいは楽々生きていけると思うんですけども、こっから30年は「なんでこんなに金の使い勝手が悪いの」っていうことに気がつき出すだけなんじゃないかなって思うんです。
田端:なんとなく今理解できたのは、そうはいっても金稼ぐほうが変に評価を稼ぐよりも得意なやつはムリに評価にあてこむと効率が悪いぞと。金で解決したほうがいいんじゃないかと(笑)
岡田:あとね、今学生の就活を見ていると、顔がいいやつが圧倒的に得なんですよ。昔は“成績がよければ”とか“だれそれの紹介があれば”って言うのがあったんですけど、今は顔がよくなくてはダメなんですよ、ほんとに。じゃあなんで顔がよくなければダメなのかというと、これは経済的に説明しているんですよ。「顔がいい」ということは、そこの会社でみんな働く気になる。例えば、給料を上げるよりは美男子とか美女揃いのほうがヤル気が上がるというような説明の仕方もできるんだけども、僕にしてみれば、そういうのは「今は見た目がいいほうが得だよ」っていう風にいっちゃったほうがシンプルでわかりやすい。
評価は企業ではなく“人”に与えられる!
田端:僕「株」が好きなんですけど、「株価評価」っていう言葉が実はあるんですよ。例えば、株でいうと「PER」って指標があって、これは株価が会社の出している1年分の利益の何倍まで買われているかっていうことを言うんですよね。実はですね、岡田さんの本の中で「Apple」が評価経済の企業のスターみたいなことになっているんですよ。それは僕も全否定するつもりはないですけど、ディベートメイク風にいうと、Appleってめちゃくちゃ利益出しているわけじゃないですか。で、現金もめちゃくちゃ持っているわけじゃないですよね。そういう意味では、財務指標とかを見ると、ピッカピカの優良企業なわけですよ。
だから別にAppleだからこその評価資本がなくても、あれぐらいの株価はつくだろうし。実はAppleが利益の何倍まで買われているかっていう指標って、アメリカの全体の平均とそんな変わらないんですよ。だからAppleが特別に株価で評価されてるかっていうと、そんなにされていないといえるんですよね。
そこで見ると僕が納得できないのは、Facebookやamazon。こっちはあんまり利益がでていないということもあるんですけれども、株価と利益の関係では、はるかに倍率が高くなってくる。そういう意味で見たら、Facebookのほうがamazonより評価資本が多いという気もしないんですけど。FacebookとかGoogleとかがおもしろいなって思うのは、株主向けの資料の一言目に「当社は長期的な視点において経営されているため、短期的な株式利益を追うことはない」とズバーンと書いてあるわけですよ。
あとは創業者が特権的な株を持っていて、一般人とは違う権利を持っているわけですよ。もともとFacebook自体もザッカーバーグが、儲けるために営利企業を作ったんじゃないと。たまたまミッションを達成するための組織形態として営利企業という形を取っているにすぎないんだ・・・みたいなことを言っていて。TwitterとかFacebookとかずっと見ているとおもしろいなと思うのは、プラットホーム戦略を取る時って“自分は世界を変える”とか美しいことをいっぱい言うわけですよ。“だから、みんなきてねー!”って“一緒に共感してやってねー”って。
その時には、“俺らは儲けたいからプラットホーム戦略やります”なんてことを言うところは全然なくて。要は聖人君子だってことをすごく言って、それをみんな真に受けて乗っかってくるわけなんですよね。そういう風に“俺らは儲けないよ”“聖人君子で金とかいいと思ってるよ”っていう会社ほど、かえって高く株価がついちゃって、創業者がIPOをすると儲かる・・・みたいな。
この逆説っていうんですかね。経済的に不合理に振る舞うことが、実は一番合理的だったみたいな風に思えて。だから「評価経済」と「資本主義」って全然矛盾してないんじゃないかっていうか。むしろ「資本主義」のフロンティアとして「評価経済」が出てきてるんじゃないかなみたいな。
岡田:あっ!僕もそうなんです。それはホントにそう思いますよ。
田端:言わせたわけじゃなくて?
岡田:いやいやいや、全然そんなことはないですよ。だから、僕自分で言われたらヤダなあと思って、避けていることがあってですね。それってマルクスと同じようなもので。「資本主義」が行き着くと「共産主義」になるのをご存知ですよね。「資本主義」が行き着くと「評価経済」になるって言い換えているだけじゃないのってイヤだなと思うんですけど、あんまりそれをいう人がいないからホッとしているんです。
僕、「資本主義」を肯定してるんですよ。肯定していったら、資本主義はもう作動しない部分がでてくるから、さっき言ったニュートン力学の上の「不確定性理論」とか、アインシュタインみたいなもんで。それは補完するものではなくて。ところが補完する世界に行っちゃったら、案外人々の振る舞いっていうのは、丸々変わってきちゃう。科学とキリスト教っていうのは、すごい似てるんだけども、どれを中心にするかっていうので、日常生活の考えが丸々変わっちゃうっていうのが1つ目と。
あと2つ目!これ細かいツッコミで、さっきの話おもしろいからやらせてほしいんですけれども。「創業者がキレイごと言っている」って話してたでしょ?あれ、かなり本気だと思うんです。でも、聖人君子じゃない悪者の本物。つまり我々は短期的な利益を求めないということは「株主になんか得はさせない!」って言ってるわけでしょ?俺らが集めた金は、自分たちの好きなように開発やらせてよと。
田端:でも、僕そこで謎なのが、投資家は「バカ言ってらあ」って感じにならないでしょ。むしろそこに「出資させれくれ!出資させてくれ!」って追ってきちゃう逆説で。俺らはネット上で「セールスしないで、ガンガン儲けるビジネスモデルはこうだ!」とかって言ってるんだけど、かえって価格が高くついちゃっている。
岡田:グローバル経済になっちゃってるんで、儲かりそうな誰も知らない企業よりも、儲かるかどうかわからないんだけども、ウケる企業の株を買いたいとみんな思っちゃってるんですよ。だから結構、上場企業って「IR」っていう「自社がこういう世界で、こういう思想でやっているから、みなさん株を買ってください」って仕事があって。「IR」をやってる担当者は多分、利益が毎年1兆円出る会社の時価総額を1兆円とか2兆円とか3兆円とかにするのは当たり前なんですよ。これはバカでもできる。しかし、利益がちょっとしか出てない。あるいは超大赤字の会社なのに、将来の夢を語って、出資を納得してもらう。重ね重ねなんですけど、評価経済って実は株式市場で20年ぐらい前から実現してるんじゃないかなと。
岡田:だからあれですよね。「こいつがいるんだったらみんな助けてやろう」「店を出させてやろう」みたいなものが、本来はビジネスの世界みたいなところでもう動いている。昔はその未知の世界も、シリコンバレーの企業だから、将来性があるだろうということで投資になっていったんだけど、今はその投資の仕方が変わってきて、将来儲かりそうだからじゃなくて、今この流れに乗っといたほうがなんとなくいいような気がするっていう。経済的な合理性以外で動いているからこそ、Facebookの株価というか儲け率だと思うんですけどね。
田端:まあそうですよね。わりとビジネスプランにお金がつくというか、人にお金がついちゃって、もう成功しているやつだったら、こいつがやるんだったら、お客さん買っとけみたいな。
岡田:そうですよね。ビートたけしが映画作るといったら出資するやつが現れるんだけども、映画専門学校を出て「俺は能力があります」と言っても、やっぱりお金がつかないのと同じですよね。つまり「評価」の前に注目があると思うんですけど、注目されていて評価されていて、そしたらその人が何か新しいことをやる時に、それが儲かるかどうかじゃなくて、これが大きく社会を動かしそうだと思ったら金が集まる。
ところが、社会はろくに動かさないんだけど「小金だけは儲かりますよ」という人間には、なぜかあまり金が集まらないんですよね。だから、さっきも話しにでてきましけど、なんで「Apple」がそんなに強いのかというと、Appleが新製品を発表すると、儲けてるからじゃなくて、そこから世界が変わることにみんな注目しているわけです。でも悲しいことに「SONY」が今、新製品の新しいコンセプトをやっても、世界中から報道陣が集まってきて、記者会見をリアルタイムで公開しないじゃないですか?そこらへんが「Apple」と「SONY」の評価の作りの違いみたいなものです。
田端:「Apple」の株価の評価が、すごい利益が出ている割に案外上がらない1つの有力な説として、スティーブ・ジョブスの「病気リスク」っていうのが真面目に言われていて。要は、スティーブ・ジョブスの神通力によって支えられていると。血も涙もなくいえば、もうすぐ死ぬだろうと。だから、割り引いておかないと、こういう会社は買えないんだっていうのがあって。岡田さんって、評価とか評価経済って法人の場合どう位置づけます?評価ってやっぱり基本的には人に基づくんじゃないかなと。
岡田:人です!
田端:ですよね!
岡田:巨大企業の時代は20世紀の夢として終わっていって、これからは小さい会社になっていくだろうし、「人口1億人の国なんてもう成立ムリだよ」っていう風に思っているんです。ケータイのキャリアとか、そういうのは数億人はカバーするだろうけども、会社とか自分の所属している集団、国みたいなものっていうのは、数十万人ぐらいが上限になっていくんじゃないかなと思ってます。だから「法人」っていうものに関して僕は、かなり眉唾で見ています。大会社って言っても、そんなキャラがたたないものに、ロクな人間が集まらないですよ。
田端:そうはいっても、完全に一人一人のピン芸人だけみたいのじゃなくて。もうちょっと緩いサークルというか、チームというか、そういうもので。
岡田:そうなんです!だからそこでソーシャルなんですよ。結局、ピン芸人っていうのも、吉本興業所属かなんなのかでそいつの扱いが違うじゃないですか。それと同じで、僕らの世界がおもしろくて恐ろしいところっていうのは、その人個人じゃなくて、その人の周りで評価している人で、評価される人が何人いるのかっていう、その網の目で決まってきちゃう。例えば、僕が田端さんの書いたものをおもしろいなーと思って、ツイッターで「話をしませんか?」って言ったら、ぶっちゃけった話、お互いに評価があるのはわかるから、こいつと話すの得だなと、頭の中で計算するじゃないですか!(笑)
田端:まあそうですね・・・打算がなくはないです(笑)
岡田:だからといって、僕らが小金のためにこれをやっているとか、これでクラウドスコアが1ポイント上がるためではなくて。実は僕達はただ単に楽しいからやっているんだけども、楽しいことをやるためには「評価」っていうものをある程度貯めたほうがものすごい動きやすいわけです。じゃあこれを金貯めてやろうと思ったら、田端さんが「話すんだったら、うちスポンサーになりますよ。カネ出しますから。」と。さっきのオリンピック選手に金出すおじさんみたいになってきちゃう。それでありながら、関わり方としてはすごいつまんない。そこにスポンサーとして座って味方になっちゃうから。
同じ10万円でも評価によって使い勝手が変わる!
田端:もう1つお聞きしたかったのは、studygiftの件で、人間って注目を集めた瞬間に無意識のうちに、そこに対して負い目をおうんじゃないかと。僕らはあれが注目すべき事件だなと思っていて。別の言い方で言うと“アテンション・エコノミー”という言葉もありますよね?「注目経済」っていって、要はブランド論とかもそうなんですけど。人間の頭の中の情報って有限じゃないですか。時間も有限だし、振り向ける注意力っていうのも有限だし。
そういう中で一瞬たりとも「あっ!」って向けちゃったということは、俺はお前にコストを払ったんだと。だから、そのこと自体に対して、金だしてなくても、とりあえずごちゃごちゃいう権利はあるはずだ・・・っていうのはすごくおもしろかったんですけど。別の言い方にすると、個人のIPOをするとか、なんか色んなそういう言い方ありますよね。もうちょっと真面目なファイナンス用語でいうと「資本コスト」っていう言葉がありました。
当然、株として上場していたら配当を払わないといけない。ファイナンスで勘違いした会社って銀行から借金してきたら、金利は当然払うじゃないですか。ところが株主から資金調達してきたら「儲かってなかったら配当いらないよね」とかって話になる。変な言い方をすると、株で調達してきたお金ってムダなプロジェクトとかに消費されやすいみたいなところがあるんですけども。真面目なところはそういうのを戒める意味で、いや、むしろ株のほうがリスク高いんだから、金利以上に儲からなかったら株式投資は誰もしないんですよね。意識すべきだみたいなことも言われるんですけども。すごいあの事件で、岡田さんの話とが結びつきました。
岡田:だから、家入さん(※学費支援サイト「studygift」を立ち上げた家入一真氏)も注目値があんなに集まっちゃって、評価も多分実際の家入さん以上に見えてしまった瞬間があったんでしょうね。だから、この人は人格者であるべきだと。俺達が期待したんだから、IT業界のすごいやり手のやつであるべきで、一個でもミスがあったりしたら俺たち許さないっていう風に、見ている子にそんな気にさせちゃった瞬間があったんじゃないですか。
田端:そこでね、家入さんが「俺だってこんなやつなんだよ~ん」ってケツまくったら、それは評価がなくなるんですから。
岡田:いや、まだ早いですよ。で、家入さん程度でそんなことやっちゃダメなんですよ。変な言い方ですけど、それってキャラクターになるっていう究極のやつなんですよ。ジョブズ(スティーブ・ジョブズ)までいったら実はひどいやつだっていうのが、ちゃんとキャラとして立つんですけども、まだ俺にしても、家入さんにしても、田端さんにしても、まだ貯めてる段階で「役満」がついてないんですよ。
田端:貯め続けないといけないですね。
岡田:はい、そうです、そうです。だから、今そんなことしちゃマズイんです。でも、ホリエモン(堀江貴文)がドンドンドンドン自分のやった悪いこともカミングアウトしていこうと。彼はもうすでに上場している段階になっているので、悪いことを言ってもそれがキャラクターとして認知される。でも、まだ「岡田斗司夫、誰それ?」と言われる段階では、キャラクターとしての認知がないから、そういった意味では「二部上場」程度。一部上場の銘柄じゃないんですよ、俺達は。
田端:その境界線ってどこにあるんですか?
岡田:それは俺が考えることじゃなくて、誰かがそんな仕組みを作って欲しいんですけども。でも、なんとなくある気がするんですよ。
田端:じゃあ「評価経済」とかで一部上場まで行くためには、単にその人が、例えばコンサルタントとして優秀とか、そういう次元は超えないといけないってことですね?
岡田:超えないと。キャラクターにならないとダメですね。で、キャラクターになると、さっき言った「アナタがやるんだったら手伝おう」という人がいっぱい現れてくると。
田端:なんとなく元に戻るんですけども。今、本当に現金収入、時給で働いている20代前半の若者と、そこまでいく間っていうのが、すごい距離感を感じるんですけど。
岡田:そりゃそうですよ。それは、一部上場の自分で企業をやった創業社長と時給500円の子を比べているわけですから。「評価経済」においても、競争社会ですから、圧倒的な差はありますよ。
田端:さっきの話じゃないですが、「一応私、時給1000円で雇われて8時間働いたんだから8000円ください」とは言えるじゃないですか、貨幣経済の場合。しかも、貨幣経済の場合って最低賃金制度がありますよね。でも、評価経済の場合って、どんだけ頑張っても、誰も評価しないっていうことはないんですか?
岡田:いや、評価経済と貨幣経済はそんなにわけなくていいんです。貨幣経済で、時給1000円で8時間働いて、8000円を得たと。さあ、この彼が「評価」が低い場合、8000円のバリューは8000円以下ですよね?結局、知り合いでもないから、時間潰すにも喫茶店行って、金払わなくちゃいけない。でも、コイツがモテるやつだったら、女の子の家に行ってお茶飲んで、タダでゴロゴロできる。
だから「8000円」ってとこまでは同じなんですけども、現在の経済学の見逃しているところって、その人の生活をトータルで見てないことだと思うんですよ。トータルで見たら、その8000円っていうバリューの使い勝手があまりにも違いすぎる。でもその、インカムの部分にだけ数値化して「これでわかるでしょ?」って見たら、わかりやすいんだけども、実態とあまりに違いすぎる。今、僕が日本に住んでいて、10万円持っていても、人によって10万円の使い勝手がこんなに違うんだから、それは評価経済っていう指標をのっけたら、なんでその10万円の使い勝手が違うのかというのが、もうちょっとスマートに説明できるって感じです。
田端:でもなんか、今の「ただしイケメンに限る」みたいな感じで(笑)
岡田:でもここ、ソーシャルアパートメントに住んでたら、多分8000円の使い勝手って全然違いますよね。結局それはイケメンじゃなくても、ここに住んでいたら他のやつから醤油借りれるとか、晩ご飯多めに作ったからおごってあげるよといえるし。でもそうじゃなくて、地方に住んでいて、親と同居していて、親から小遣いがもらえなくて8000円だったら、そいつ本当に8000円しか使えるお金がなくて。どっか行くにしても、一歩家出るにも金がかかっちゃう。・・・あっ、説得されてる(笑)
田端:結局そういう「ちょっと、醤油貸してくれる?」とかそういうのも含めて、その押し付けがましさみたいなのって、図々しさみたいなのって。基本的にやっぱりそういうのについていけるノリがあるかどうかっていうのと。「貨幣経済」で評価される人、「評価経済」で評価される人って、集合でいうとかなり重なっている気がします。
貨幣は2番目か3番目の存在になる
田端:これまでだと「貨幣経済」で評価されなかったけど、「評価経済」なら評価される人って、具体的にどういう人なんですか?
岡田:やっぱりかぶってると思いますよ、正直。なんでかっていうと、キリスト教でガンガンいく理屈っぽいやつと科学の時代になってガンガンいうやつ。似てることは似てるわけですよね。ただその時に、科学の時代になったら、金稼げりゃいいんだと。要するに、金稼いでいっぱいの人を助けようとか、いっぱいの人に給料払おうっていう人は、キリスト教だけの時代より、ビジネスマンっぽいカラーがでてきたの。じゃあ、評価経済時代になってきたら、これまでの資本主義経済と全く同じ角度かといえば、そうじゃなくて。もうちょっと世の中変えようとか、人を動かそうという思いを持っていないと、やたら金がかかる。1つの事業をやるのに、給料余計に払わなきゃいけない。
田端:それはさっきのFacebookの話でいうと、めちゃくちゃわかるんですよ。やっぱり僕、FacebookとかgoogleとかあそこらへんのIPOがおもしろいなと思ってるのは、一見矛盾しているようなんだけど、そういう風に本気で信じてるよってことが、かえって貨幣経済とか資本主義の面で見ても、プライスレスだから「時価総額は上だ!」みたいな方向に行っちゃって、非合理的な振る舞いだとは言えないという部分が、逆説なんだけど、なんか両立しちゃってるんですよね。
岡田:田端さんがおっしゃるのは、「僕が言っていることはすべて“貨幣経済”において説明可能だ」ということですよね?
田端:すべてとはいわないですけど、今日はそういう立場から色々話をさせてもらって。本当に説明できない部分ってなんなのかなっていうのが、僕の今日の問題意識です。
岡田:僕が言えるのは、(評価経済社会)こっちの説明のほうがシンプルでわかりやすい。
田端:評価がある人のほうが、人生をエンジョイできて、好きなところに住めて・・・
岡田:1時間1000円で、8時間働いて、8000円の人の生活がどれぐらい幸せになるのかというと、トータルでみたらそれは評価がないと結構苦しいでしょ。その8000円というのは現代だったらまだ8000円かもわかんないけど、数年後には7000円になって、6000円になって、8000円の使い勝手がドンドン下がっていく。逆に4000円しか持っていなくても、評価が高い人間っていうのは、それの使い勝手が5000円、6000円と上がっていくから、それの逆転がいつかとか、どういう風になるのかというのは、僕もよくわからない。
田端:多分でもあれですかね。逆の立場から言わせてもらうと、100年か200年経って、究極的に気づいた先は岡田さんが言われていることって日常で。人はやっぱりお金を意識しなくなる可能性があるっていうことですかね。
岡田:僕らがなんか言った時に「それ宗教だよ」って見下した言い方するじゃないですか?あれと同じで「それやっぱり金にしかならないな」っていう見下した言い方をするみたいなもんですよ。なくなりはしないけど、2番目か3番目の存在になる。それがね、30年ぐらい先じゃないかなと。
田端:案外はやい・・・(笑)
岡田:そう!案外早いんですよ!これ、劇的に変化すると思っていて。「パラダイムシフト」って言葉使っているのも、この変化って実はものすごい早いぞと。それはこれまでの社会変化って「社会インフラ」という物理的な地面を作ってみないと変化が起きなかったのが、今は通信衛星から携帯に電波送ったようになったじゃないですか。こうなるとパラダイムシフト全体が、地球全体で数年間のうちに起こっちゃうなと。僕が見ておもしろかったのは、マサイ族の兄ちゃんが携帯電話を全員持っていると。今日牛がいくらで売れるのかと携帯でチェックしている。これは純粋に経済的な行為なんですけど、マサイ族ですらネットワーク社会のインフラっていうものを身につけつつある状態で、僕らが「評価経済社会」みたいなものに入るのって「30年」あれば十分じゃないかな。
社会変化が起こっている今が一番苦しい
田端:本を読ませていただいて、もしかして岡田さんがこういう議論を避けられていると感じたのは、この(本)の中に直接、FacebookとかTwitterの話ってほとんど出てこないじゃないですか。
岡田:それは17年前に書いた本だからですよ(笑)
田端:あっ、そうでしたか(笑)すいません、そこを理解していなかったかもしれません。すごいそういう意味で言うと、個別具体的なネット上のSNSとかっていうプラットフォームに依存する部分の議論って、すべて落とされるようなことばっかりですごいなと思ったんですよ。
岡田:あれはニフティーサーブしかない時代に書いたからなんですよ。で、今の時代に合うように、ちょっと表現変えてポッと出した本なんで(笑)
田端:でも、さっきちょっとわかるなーと気がしたのは、テレビってプラットフォームがでてきて、マドンナとかマイケル・ジャクソンとか、今で言うとレディガガとか、あるいはベッカムみたいな。例えば、ベッカムとかもサッカーが上手い下手っていうのとは、ちょっと次元が違うゾーンにまでいっちゃってますよね。別にイングランド代表から落ちようが、活躍してなかろうが、ベッカムはベッカムだということが、もっとミニマムになっておこるみたいなことですよね。
岡田:大地主とか王族しかなれなかったものが、金さえ稼いだら社長になれて、株式公開できるみたいな形で。これまでだったらセレブになれる人間っていうのは血筋がいいか、よっぽどの大成功しなくちゃダメだったのが、ちょっとの成功で自分の評価を貯めて、二部上場ぐらいだったらできるんじゃないのかっていう感じです。
田端:例えば、ベッカムでいうと、ある瞬間から単なるサッカー選手を超えたじゃないですか。元スパイスガールズのヴィトリア夫人が落合(元中日監督・落合博満)の嫁さんみたいに、プロデュースしてるんじゃないかとか色々言われて、ファッション愛好になってみたいなのあるじゃないですか。ある種のセルフプロデュースみたいなのがあったから、ポップアイコンみたいになったんですけど。今みたいなセルフブランディングみたいな言葉ってどう思います?
岡田:いや、これ俺もわからないんですよ。普通はさっき話した、じゃあ上場してキャラクターになったらいいっていうのは、これは何が有利で、何が不利なのって、僕もよくわからないんですよ。そのホリエモンの逮捕が、彼の人生にとって得なのか損なのかわからないですよ。でも評価経済上、明らかに大儲けなんですよ!絶対そうだと思う!
田端:それは確かにそうかもしんないですね。
大谷:そこはやっぱり家入さんもそういうことっていう?
田端:むしろ、studygiftはおいしかった?
岡田:多分、彼がやった善意自体疑っている人はほとんどいないので、あの評価は簡単にひっくり返ると思いますよ。
田端:それはJALみたいな感じで、あの経営不振の状態から不死鳥のように甦ったみたいな意味で、マイナスが大きければ、そこにマイナス値がかかったら、一気にプラスになるみたいな。
岡田:JALみたいな企業。さっきおっしゃられた法人みたいなものだったら、この“裏返り”というのがなかなか起きないんですよ。数字を出して、経営がよくならないとダメ。なんせここは個人ですから、一発カメラの前で泣けば、裏返りかねないぐらいの寛大さがあると。
田端:でも、またすぐそこで裏返ることもあるわけでしょ?
岡田:そうなると彼は「ジョーカー」というキャラクターを手に入れることになるんですよ。これはワリとおいしいポジションなんで、いいんじゃないかなと思うんです。
評価経済社会は「SF」?
田端:説得されつつあるんですけど、やっぱり思うのは、そういうライフスタイル自体が、世の中のそこら辺を歩いている人にとって、どこまでリアリティがあるのかっていうのは?
岡田:それはありますね。世の中を普通に歩いている人にとって、今話しているようなことっていうのはすべて、「上場するかしないか」。結局、フォロワーが数万人いるかどうかの話になってくるんですよね。
田端:ほとんどの会社がそこら辺の零細中小企業みたいな「上場?はぁ?」みたいな人で。でもやっぱり僕、この本を読ませていただいて、堺屋さん(堺屋太一)とかそういう分脈に匹敵する本だなと思ったから、結局、一般人も影響受けると思うんですよ。それは例えば、この前のstudygiftみたいなことでいうと。自分にとってはリアリティなかったのに、たまたまクラスのあいつだけがうまくいきやがってみたいな嫉妬かもしれないし、決して無関係ではいられないなと思ったんですよね。
ある種、岡田さんはSFだと思って書かれているかもしれないですけど、本当にリアリティのあるSFで、「じゃあ人類の目指す方向はこうだ!」という風に思うのか「いや、SFはSFだよ」みたいに思うのかって、岡田さん的に100人がいたとしたらどれぐらいの人が本当に取り組むべきだと思いますか?
岡田:本当に僕が思っていることをいうと、さっき話した「30年後」だと思ってます。例えば、日本人全員ケータイ持ってるよ。中には2台持ってる人がザラだよ・・・これ10年前だったら「それはないよ!」とみんな言います。それと同じように30年後には評価経済の影響受けて「金だけだったらどうしようもないよな。評価欲しいよな」って言ってる連中がゴロゴロでてくるだろうと。
じゃあ、表を歩いている普通の人達にとって、これがどういう風に関係するのかと。例えば、お金がいらない社会がやってくるから、僕らはお金稼がないでいいのかっていうとそうはならない。なんでかっていうと、これまではお金稼がなきゃダメ扱いだったのが、お金が稼ぐ以外の方法を努力してもいいし、だからといってお金がいらない社会がやってくるというような、脳天気な世界ではないです。
田端:そうですよね!僕もすごくそれ思っているんですよ。割りとこれ誤読したブログも含めて、誤読って決めつける権利は俺ないですけど(笑)
岡田:いや、でもね、ネットワーク社会ってバラ色のバカみたいな妄想が現実になってくれたじゃないですか。人間が一人一人コンピュータ持つとか、ネットワークでつながるとか、家にパソコンがあると。なんでも友達とやりとりができる。まさかそれでいじめサイトができるとは思わずに(笑)
田端:そうそう。ダークサイドは必ずある。
岡田:でも、その現実の世界を僕らは手にすることができた。だから「誤読」という風に言われるかもわからないんですけど、そこで夢を持つ人も悪くないと思っているんですね。
田端:いや、僕もそう思いますよ。ただ、お金を稼がなくていいっていうのはだいぶあれで。僕の直感的な印象でいうと、逆に当面30年後なんですよ。こっから10年、20年はむしろ金だけあってもダメだと思う。金も評価も稼がないといけないってこと。今まではですよ、ヒルズ族みたいに「金だけはあります」と、フェラーリを乗ってブイブイいわせるのはすごいみたいに思われてたんですけども。
今って段々そういうのって“はしたないよね”みたいな空気がでてきちゃって。家入さんの話じゃないですけど「世の中に良いことしないといけない」。社会起業家とかロハスだとか色々あるじゃないですか。そういう話でいうと、そこそこ金を稼ぐのは当然で、その上にプラスアルファのせる必要あって、余計にハードル上がってんじゃないかよ・・・みたいな気がしなくもないですよ。
岡田:社会変化の時は、苦痛が最大化するんですよね。いわゆる音速以下から音速になる時に、サウンドバリアが発生して一番しんどいじゃないですか。だからパラダイムシフトの時期って一番しんどいんですよ。で、一番しんどい時期に僕らいるから、せめてその先はどうなるのかっていうのがないと。
今みんながしんどいのは、貨幣経済から評価経済の変化があるからすごくしんどいの。評価経済社会を鵜呑みというか、田端さんがおっしゃったような“金のいらない社会”みたいに考えていると、本当に大ケガする。そうじゃなくて、それはそれで貨幣経済と同じような競争もあるし、冷たい社会なんだけども、一応キリスト教の時代から科学の時代になった時のように、いいことはきっとある。その代わり、苦痛は最大化する。
多分ね、変化の時ってキリスト教は真面目に進化したから一番苦しかったと思うんですよ。だって、ドンドンでてくる発明品がすべて神様の力でないものばっかりだし。その発明品を使う人は、自分たちの固定的な倫理観。キリスト教っていうのは、今いったことを否定しているみたいな気がする。苦痛が最大化されている状態が、この30年間で動くと思います。
田端:僕もね、岡田さんが「わからない、わからない」とさっきからおっしゃってたので。例えば、ベッカムの話でいうと。サッカー選手としてスターになるにはどうすればいいのか。活躍すればいい。点を獲ればいい。これすごいシンプルなんですよ。フェアだと思うんですよ。ところが、なんでロナウドがベッカムになれないのかっていうことを考えだした途端に、なんかのブラックボックスがあるような気がして。
岡田:さっきのキャラがあるんですよ。イヤな奥さんがいるとか(笑)どっかにマジックポイントがあるんですよ。単に優れているのとキャラクターとの関係性がね。
田端:今まさしく“マジック”と言われたんですけど、余計アンフェアな気がすると言えなくもないですよね。
岡田:じゃあ、僕らの経済社会はフェアですか?(笑)
田端:いやいや、そうなんですけど(笑)
岡田:だって、今稼いでいる会社を見たらね、有能だから稼いだってわけじゃなくて、運がよかったやつらばっかりだっていうのは、誰かが言っている通りじゃないですか。
田端:確かに。一応そういうことにしておきましょうってことなんですけど。
岡田:なんとなく人間っていうのは、確率論でいうと、生理的に納得できないから成功した人間には絶対なにか秘密があって、絶対なにかメソッドがあるって思い込んじゃうからビジネス系のものって成立してるんですけど。
田端:そこでいうと、堀江さんの「お金が一番平等なんです」っていう発言を思い出したんですけど。それのほうがある意味フェアで、公平で。
岡田:お金のほうが平等だと思います。ただ僕はもう平等な社会がイヤなんですよ。平等な社会っていうのは、社会の中にいる小さなモンスターですから。色々文句言ってくるやつとかですね。不平等をするやつとかズルをするやつらも、すべて平等に扱わなきゃいけない社会であって、このストレスがものすごい大きいから。平等社会というのを辞めちゃって、助けたいやつを助ける社会にしちゃったほうがいいと思う。だから嫌われ者は助けられない社会だっていうのは、そこはもう諦めてもしょうがないんじゃないのと僕は思います。
田端:ある意味、より残酷になるみたいな気がしてるんですよね。
岡田:より残酷になるかなー?
田端:ある種の人にとっては。
岡田:金だけあってイヤなやつには、すごいイヤな世界だと思いますよ。
田端:僕が言いたいのは、今貧しい人は「金あるやつはいいよな」っていう嫉妬があるじゃないですか。今の話で思ったのは、現代の世の中で、お金もなくて、評価もないって言っているやつらから、うまいこと乗り組になって脱するやつと脱せなかった奴の間で広がる嫉妬みたいなのって。
岡田:いやあのね、さっき話してた「じゃあ、どうやって評価をあげるのか」っていったら、そこの中で、自分の評価が低くて、お金もない人っていうのをいかに社会に参加させて、一緒になんかやろうっていうやつが評価があがるんですよ。だから、僕らみたいなブログとかテレビとかにでて、何かしゃべるやつは特殊職業じゃないですか。普通の人らはどうやって自分の評価をあげるのかといったら、身近にいるちょっと困ったちゃんを少しずつ助けてあげることしかないと思うんです。
田端:お金稼ごうと言ったら、それが正しいかを別にして。今まで学校も遅刻しません。真面目に働きましょうとか。もうちょっと高級なところでいえば、ビジネススクールでスキルアップしましょうみたいなところってあるじゃないですか。そのベクトルってあくまで年収で計られるところでやってることで。やっぱり今の岡田さんのお話をお聞きして、そういうのも評価経済的に対応した、誰もがわかりやすい方法論みたいなものが示されないと、実はそこを「センスの問題ですね」と言っちゃった瞬間に、ほとんどの人からしたら「どうしたらいいの?」って。自然にできちゃう人とできない人の差が余計に広まっちゃうみたいな。
岡田:これはね、言っていいかわからないですけども。そこまでは自分の仕事じゃない気がします。
田端:「そうなるよ」というだけだと?
岡田:僕が言えるのは近未来こうなるよと。そこで苦痛が最大化するよと。おそらく戦略としてはシンプルにこれがいいだろうという二、三のものはやれるんですけど、そこから先は自分がやっているFREEexの組織とか、シェアハウスみたいな、具体的に社会に落としたら、どういう組織体になるのか、どういう家族になるのか、どういう住み方になるのかっていうリアルなものはできるんですよ。でもそれらを法則化して、経済書みたいなものをやるのって、少なくとも僕の仕事ではない。僕の性能をそんなことに使っても意味がない。そこは田端さんのほうにお任せ(笑)
貨幣と評価は兌換可能?
大谷:個人的に気になったことで、例えばお医者さんって僕らが選ぶ時って、診療報酬の件数で値段は一緒だけれども、なんとなく口コミで“痛くなさそう”とか。実際それってお金とかでは計量できない部分のところで、僕らがジャッジしている部分は多いような気がして。それを「評価経済社会」って言っていいんですね?
岡田:言っていいんですよ。つまり「食べログ」みたいに医者がポイントで格付けされる時代ですよね。多分その次に、患者がポイントで格付けされると。結局、どの医者に行ってもめんどくさいことをいうやつが断れちゃう。今、各医者ごとにそういうモンスター患者のリストってあるそうなんですけども、それは公開されていない。
でも、公開はしないかもわからないんだけども、統一基準で計られたら、もう怖い奴の予約は受けなくてよくなります。というか、ある歯医者が予約を受ける時に「Facebookでないと初診受付しません」みたいになってきたら、そいつのFacebookみたら、クラウドスコアみたいなものが書いてあって、患者として「20点」だったら「ちょっとうち忙しいんで」といって断る。もしくは最初からドクタースコアが40以上ないとダメですとか。そうなるとみんながどうするのかというと、これまでだったら医者にいった時「俺は患者で弱者で、金払ってんだからサービスしろよ!」って言ってたやつらはスポイルされるようになる。
大谷:つまり患者の側もっていうことになってくるわけですよね。これまでお医者さんは伝統的にそういうことがあったかもしれないけれど。
岡田:これまで全く、お医者さんの格付けもなかったのが、この10年ででてきているのは、僕らがびっくりしていることですね。その次に、患者の格付けがでてきたらどうなるのか?そのような格付け情報がドンドン公開されていったらどうなるのかっていうのが、さっきいった30年後に見えてる世界です。
田端:今、クラウドスコアの話があって。クラウドスコアみたいなのっておもしろいっていうか、微妙かなと思うのは。クラウドスコアみたいに、偏差値みたいに、誰にとってもわかりやすい、こいつは「80」、こいつは「50」とかだったら、基本的には「80」のやつは年収800万円で、「50」のやつは500万円で、みたいに割りと貨幣経済に重なってきちゃうんだろうなと。
で、評価を稼ぐっていうのも、狭く深く稼ぐやり方とか、浅く広くとか、色々なアプローチがありえるような気がするんですけど。そういうのってどうですかね?例えば、狭く深くだったら、この業界ならこの人はめちゃくちゃ評価されているんですだけど、金もだらしないし、女癖も悪いみたいな。こういう場合っていうのは、それぞれごとに評価が、インチで言ったら3インチで、センチメートルでいったら10センチみたいな感じとか。
岡田:クラウドスコアっていうのは過渡期だから単純な数字なんですけど、ここから先でてくるソーシャルスコアみたいなものは、多分ある人のスコアっていうのはシムシティ(※リアルタイム都市経営シミュレーションゲーム)みたいなもので。シムシティっていうのは、周りに公園があるとか駅があるとかで地価が上がったり下がったりしますよね。これと同じようにソーシャルスコア何ポイントで評価してるからこうだ、世間の人がどんなにボロクソに言っていても、1人ソーシャルスコアの高い人がポジティブな評価をしていたら、その人のキャラクターとして受け入れられるという形にならざる負えないと思うんですね。
そんな単純な指標として、数値としてできるはずがないんですよ。僕は経済学の素人なんで、会社の四季報も読めないですし、資本と資産の差も正直いってわからないんですけども。読める人が見てみたら、銭勘定って最低これだけ抑えないとダメだよっていう読み方があるじゃないですか。ソーシャルスコアもそういう読み方っていうものがある。ただ僕らにはまだクラウドスコアしかできてない。
田端:クラウドスコアって言ったら「売上額」みたいなものであって「利益率」とか「自己資本比率」とか、色んな指標の中でレーダーチャートみたいなものを書かないといけないということですね。
大谷:まだまだお話は続きそうですが、そろそろまとめの時間ですが・・・。
田端:すごい僕の議論に引き寄せて恐縮なんですけども「評価」と「貨幣」は、基本的には概ね兌換可能っていうことですよね?それはニュートン力学で、ほとんどの物理現象が説明できるのと同じように。ただツイッターのフォロワーがめちゃくちゃ多かったらそれなりに金も稼げるだろうというのも、また真実みたいな。
岡田:田端さんとか僕の視点っていうのが、2012年の視点と、2017年とか2020年の視点で、多分微妙なズレがあって。僕自身も評価経済社会というのがはっきり目に見えて「こうだ!みんなこんな生活をしている!」というのがわかるわけじゃないですよ。多分それって、文明の法則みたいなものがあったら、こうならざるをえないじゃん。だって豊かなものを浪費して、希少なものを大事に扱う社会なんだから。
それを冷静に当てはめたらこうならざるをえないという考え方なので、どんな社会なのか正直よくわからないんです。なので、できるだけたくさんの人と話して、デッサンの線の本数を増やしたいんです。で、デッサンの線の本数が増えれば増えるほど、もうちょっと立体的に見えてきて、僕らの資産が増えていく(笑)評価経済ってこんなもんなんだなという。
田端:僕はどうしても守銭奴脳というかビジネス脳みたいなところがあって、岡田さんの本でいうと「貨幣経済」にすごく感化している部分があるんですけども。ただそんな僕が見てもおもしろいなと思ったのは、さっきのFacebook話じゃないですけども、そういう風に徹底的に振る舞うことがかえって経済合理的にもなりえるみたいな気が今ものすごくしているんですよ。ていうのは、そう振舞わないと純粋に十把一絡げのどこにでもあるようなモノになっちゃうっていうところとか。
大谷:溝は埋まりましたか?
田端:今日は色々確かめたかったのは、概ね説明がつくっていうところと。(評価経済社会は)「脳天気なもんじゃないんですよ」っていう岡田さんの発言に「やっぱりそうですよね!」というところがすごいあって。バラ色じゃないし、むしろ残酷という風に僕は言っていて、そこは岡田さんも「そうかな?」ってとこだったんですけど、少なくとも脳天気なものではないというのが・・・
岡田:その「残酷」に関してはどうかなと思うのは、キリスト教の社会からいうと「商業社会」はみんなが金で動くえげつない社会なんですよ。でもそうじゃないじゃないですか。キリスト教的な慈悲とかじゃなくて、十分に金をベースにしても社会というのは運営できるから地獄じゃないよと。だから、競争はあるけども今と同じぐらいよりもうちょっといい。なんでかっていうと、今は変換期だから一番苦しい。今が絶対V字の一番底なんですよ。だから、今より絶対楽しいと思いますよ。そこらへんはなんか楽観的ですよ、すごく。
岡田さん曰く、近い将来にやってくるという「評価経済社会」
バラ色な未来か残酷な未来か、それはまだわからない部分もあるようですが、岡田さんのように楽観的に「今より絶対楽しくなる」とポジティブに生きることが、巡り巡ってアナタの「評価」を上げることにつながるかもしれませんね。
出演者プロフィール
岡田斗司夫(おかだとしお)1958年、大阪市生まれ。(株)オタキング代表。FREEex主催。アニメ会社ガイナックス設立後、東京大学やマサチューセッツ工科大学の講師を経て、 大阪芸術大学客員教授に就任。 2010年に社員が給料を払うユニークなオタキングexを設立。 2011年12月、名称をFREEexへ変更。
・岡田斗司夫公式ブログ
田端信太郎(たばたしんたろう)1975年、石川県小松市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。NTTデータに入社し、BS/CSデジタル関連の放送・通信融合系の案件をこなしながら、丁稚時代を過ごす。その後、リクルートに入り、フリーマガジンR25の源流となるプロジェクトを立ち上げ、R25創刊後は、広告営業の責任者を勤める。その後、2005年4月にライブドアに入社。執行役員メディア事業部長として経営の再生をリード。ライブドアニュースを担当しながら、BLOGOSやMarketHack,Techwaveなどを立ち上げる。2010年の春からコンデナスト・デジタル社へ。カントリーマネージャーとして、VOGUEやGQ、WIREDなどのウェブ、デジタルマガジンなどの事業を統括。2012年6月NHN Japan入社、執行役員 広告事業グループ長。