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2012年04月30日

特集 『ナディアの舞台裏』(『遺言』五章より)その(11)

その(10)より続き               その(1)はこちら 

予算とスケジュールを二話目までで使い切る。

ちょっと話が余談に流れすぎました。
ナディアの話、もう少し付き合ってください。

『ふしぎの海のナディア』というアニメは三部構成になっています。
一話~十三話の「出会いと冒険編」、
十四話~二十六話の「島編」、
そして二十七話~三十九話の「決着編」。


 三部作の真ん中、「島編」というのはナディアとジャンの二人だけが孤島に流されて過ごす、というシリーズです。
熱心なファンの間でも評価の別れる、ちょっと独特の作品なんですね。


 作画の荒れや乱れも目立つので、一部の人には「手抜き」とも言われていますし、
当時の取材やインタビューで僕たち自身が
「手抜きです」と言っちゃったこともあります。
では、なぜこんな「島編」というシリーズを作ったのか?

 なんで島編なんてのが真ん中にあるのか、
ってそれには事情がちゃんとあるんですよ。


 ナディアはガイナックスが作った初の連続テレビアニメです。
ガイナックスが作ったというか正確には作ったのではない。
NHKはそんな、チンピラしかいない会社に発注するような、冒険はしません。

 NHKはNHKエンタープライズに発注し、
NHKエンタープライズは総合ビジョン★という子会社に発注して、
総合ビジョンは東宝に下請けに出して、
東宝は『タッチ』『日本むかし話』★で有名なグループ・タックに孫請けに出す。

 ガイナックスは、孫請けのグループ・タックからさらに曾孫受けとして仕事をまかせられたわけです。

 なので、ガイナックス作品といってもそれが通用するのはアニメファンの間だけなんです。
放送業界とか権利業界ではですね、
『ふしぎの海のナディア』ってのはまずなによりもNHK作品であり、
どんなに下がっても東宝作品なんですね。
または、グループ・タック作品。


『タッチ』で有名なグループ・タックが作りました。
下請けでガイナックスってところもやってますみたいな感じが権利ビジネス上のポジションなんですよ。


 なのに、内容的にはあんなに勝手放題が出来たってのはなかなか貴重な経験だったんです。
全三十九話あったんですけど、
ガイナックスってのはその当時からというか、
昔からそんなに製作的に体力のある会社じゃないんですね。


 センスは抜群にいいんですけども、スタッフ人数がそんなにいるわけじゃない。
全員がそんなに働き者かというとですね、ノリノリのときはめちゃくちゃ働き者なんですけども、
なんかね、ローテーションの仕事ってのはあんまり得意じゃないんですね。


 だから徹夜は得意だけども、その分昼寝は三倍、みたいな感じなんですよ。


 なので、NHKからもらった初期予算とスケジュールを、
ほとんど第一話と第二話で使い切っちゃったんですね。
オンエアした時にはまだ四話くらいまでしか出来てなくて。


 第一話をオンエアするまでに十三話まで納品すべし、
とは契約書に書いてあるんですけども、契約を破ったらどうなるのかというのはないんですよ。


 正確に言えば、契約上のトラブルで困るのは元請けである総合ビジョンとか東宝です。
ガイナックスに対しては明文化されてない脅ししかありません。


「納期を守らなかったら、もう二度とNHK様と仕事が出来なくなるぞ!」
っていうのが言外に書いてるんですけども、
社長の僕を始めとして全スタッフが
「俺たちもう二度とNHKなんかと仕事しないもんね」
って決めてたもんですからね。


 ひっどいですね。
本当にチンピラ集団でした。
最初っからルールを破る気満々で
「まぁギリギリ納品で当日までに間に合えばいいや」
と思っていたわけです。


 そのころ一緒にやってたプロデューサーの井上さんが、
手塚治虫伝説を色々聞かしてくれるわけですよ。


「二十四時間テレビの時の手塚治虫のアニメは当日納品だった」とか
「最初のオンエア分、ファーストロール十三分をオンエアしてるときに
セカンドロールを乾燥機で乾かしてた」とかですね、
ものすごい話が出てきて俺ら大爆笑してたんですけども、
大爆笑の会議で東宝のプロデューサーが真っ青になってるんですね。

「こいつらやるつもりだ」って。

 そんな状態だったから、
全三十九話を第一話二話のすごいクオリティでできるはずがないから、
最初からペース配分しようと。
まずやりたいのはナディア、ネモ艦長、エレクトラの三人の関係、
これきっちり描きたいから第十三話が一つめの山だと。


 で、次に三十二話から三十九話までの連続七話くらいは戦闘シーンにつぐ戦闘シーンで、
見せ場に次ぐ見せ場でここはもう絶対にはずせないと。


 絶対にはずせないのが二カ所ある。


 でもスケジュールの余裕の大半は第一話二話で使っちゃったので、
抜く場所というのを決めよう。


 じゃあ思い切って真ん中十三話を、もうあの別世界ということにして、
ここは作画チェックもろくにせず、なにかこう、
要するに色黒の女が出てきたらナディアってことでいいじゃないか。


 よく韓国に出した作画を見て日本人の作監が
「韓国の作画だめだ! 直す!」なんて、あんな、もう冷たいことはやめようと。
同じアジア人じゃないかと。
こんなナディアも面白いよね! って言って通しちゃえ!

 こんな無責任なノリで始めたんですよ。
中間十三話、いわゆる「島編」というのは。


 だから島編は独立していて、
どの話数が入れ替わってもいいし、
最悪一話か二話が欠けてしまってもそこに総集編を挟めるくらいのゆるーい構成で決めてたんです。


 けれども、実際に作ってみるとですね、捨てられないんですよね。


 一番最初勢いで言うだけなんですよ。

「真ん中十三話捨てちゃおう」とか「真ん中十三話あきらめてペース配分しよう」。

 考えるときは出来るんですけども、でも現実作業入ってみたらですね、
作品て我が子だから可愛いんですよ。
で、手を抜いて作るって言っても限度があるんです。


 でも一番最初にレール引いちゃって、予算もスケジュールもあまりないから、
それなりのものしか出来ないんですよ。
で、それなりのものしか出来ない時には樋口真嗣という必殺兵器があってですね。


 樋口のシンちゃんを投入すればなんとかなる。
っていうのがほんとにあって、
樋口真嗣君がやってくれるとある程度本当になんとかなっちゃうんですよ。


 で、彼のアイディアが面白いから、アニメータもどんどん悪ノリしてきて、
手を抜くはずの中間の十三話が一番手間がかかったりしてるんですよね。


 クリエイターが「しかたない、妥協します」って言っても信用しちゃダメですね。
隙を見せるとすぐに魂を込めようとしますから。
ナディアの中間部・通称「島編」、けっきょく僕たちは手を抜けず大赤字を出しました。


 この赤字を埋めてくれたのがパソコンゲームだった、というのは前章に書いたとおりです。


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長らくお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

いかがでしたか?

「遺言」には他の章にも、「ふしぎの海のナディア」にまつわる記述があります。
また、「世界征服」は可能か?の冒頭でも、
世界征服をもくろむ悪の組織「ガーゴイル」の設定にまつわるエピソードが語られています。


「ふしぎの海のナディア」が、
ガイナックスとしても岡田個人としても、
大きな転機となった作品であることはまちがいないようです。


「ふしぎの海のナディア」を見ながら、たまに思い出して頂ければ幸いです。

それではまた、新しい特集でお会いしましょう!




ライター:のぞき見のミホコ




otakingex at 17:00コメント│ この記事をクリップ!
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