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2012年04月16日

特集 『ナディアの舞台裏』(『遺言』五章より)その(5) 悪の組織をマヌケにしないためには……

その(4)より続き                その(1)はこちら 

悪の組織をマヌケにしないためには……

 窓際族ながら、僕が発注されたのがブルーウォーター自体の設定です。

 では、ここからまた映像に沿ってお話ししてみたいと思います。

 まず『ふしぎの海のナディア』の第七話「バベルの塔」の回です。
 可能であればレンタルするなどして観て下さい。


 僕が、シナリオ見た段階とかコンテ見た段階で大変だなと思ったのはこの辺からですね。
 拙著『世界征服は可能か?』(ちくまプリマー新書)でも書いたんですけど、このガーゴイルさん、実にマメに働くんですよ。

 内輪のパーティでもスピーチする。これ大変ですよ。
 一つ一つプロジェクトがあるたびに「お前はだめだ」とか「お前のような奴は死ね」とか罰を与えたり褒めたり、演説したり。
 ナディアを尋問するのも、自分自身でやってるんですよ。

 多分、頼れる部下が一人もいないんじゃないかな。大変だよな。
 これも、ガーゴイル以外に、敵側で魅力的なキャラが作れないからなんですね。

 敵側の組織にちゃんとロジックがあって、なぜ人類を支配したいのかとか、ネオアトランティスは何をしたいのかとか、ある程度出来てると、キャラを複数に分けることができるんです。

 そうすると、敵の中での裏切りとか、敵の中の迷いも作れるんですけども、『ナディア』に関しては、そういう事をやっている時間もなければ、キャラクター的な余裕もない。

 とりあえず、誰か一人に特定してそいつに全部背負わせて、全部の台詞言わせなきゃいけないんです。
 だからガーゴイルは「人類は全部滅びろ」と言ったり、「人類は私の前にひれ伏せ」と言ったり「お前は殺してやる」と言ったり。
 「滅びろ」と「ひれ伏せ」じゃ、矛盾してるんですけどね。

 なのに、こんなにスタッフや賛同者の人数はいる。
 こいつらとはどういう契約になってるのかもわかんないまま、とりあえず勢いでどんどん進めるしかない。

 ガーゴイルだけが必然的に働き者になっちゃうんですよ。 

ガーゴイル「同志諸君、ついに我らの記念すべき日がやってきた!」 (①)

 これがネオアトランティスの作った巨大ブルーウォーター。
 基地の電力をすべて落として、全エネルギーを集中して鋳造した人造オリハルコンです。
 ナディアが首から提げているペンダント「ブルーウォーター」の、人工的に作ったマガイ物です。 


バベルの塔が起動します(②)。

 こういうメカデザイン基部に、縄文式土器をさりげなく入れるところが前田真宏のすごいとこですね。
 失われた前世紀文明、というニュアンスが絵一枚でわかる。いかにああいうデザインラインで、知ってる物、典型的な物をポンポンて出せるのか。
 前田真宏はここら辺の処理がすごく上手い。 センスがいいんです。


量子加速器も作動しました(③)。

 このあたり、ちょっとキャラの動きに注目してみてください。

 この回で悪の首領ガーゴイル、そいつが「十二年の歳月と経費をかけて」って言っています。

 超古代に打ち上げた人工レーザー衛星「しもべの星」が、まだ作動するかどうか、この時点では不明だった。
 一万二千年前の機械だから。
 で、この夜、ようやっと接近を確認。
「しもべの星」は言い伝え通り実在した! これで世界は我々の物になるってすっごく喜んでるんです。

 で、この計画がいかに素晴らしい物か、自分で演説しちゃう。

「こんなに経費をかけた、みんなご苦労だった。さあパーティだ」
って、パーティするくらいです。

 パーティには自分が出て行く。

 囚われになったお姫様までを連れて行く。

「皆さん見てください、おまけにナディア姫まで捕まえましたよ」
ってみせびらかす。

 これまで地下で潜んでいたネオアトランティスという団体が、ついにこの世界に対して牙をむいたという歴史的な瞬間です。

 得意の絶頂ですよね。

 それなのに次の話数では、ノーチラス号との戦で基地は破壊されてしまうんです。

 前回こんなに喜んでいたからには、ガーゴイルはすごく悔しがっていいはずですよね。でも、あまり悔しがらない。

「ふっふっふっ、こんな事はたいしたことではない」
って言っちゃうんです。


 なぜかというと、悪の首領としての絶対性を保つためです。
 ガーゴイルやネオアトランティスの絶対不可侵性を守るためにやっちゃうんですね。


 でもこれやっちゃうと、旧日本軍と同じになっちゃうんです。

「我々には大和がある。」から、「大和が沈んでもまだ平気」みたいな事にすると、だんだん国民が付いてきてくれなくなりますよね。

『ナディア』も、見ているファンが少し冷めてしまうんです。
 もちろん、一緒になって盛り上がってくれる子供たちもいるんですよ。
「ガーゴイル様、すごい! すごい!」って言ってくれる女子もいるんですけど、それと同時に冷めちゃう人も必ずいる。


「このアニメって盛り上げてるんだけども、足下がおろそかだなぁ」
とちょっと大人の視聴者にはバレちゃう箇所ですね。


「バベルの塔計画」があったのに、ダメになってしまった。


 こんな時、例えば『仮面ライダー』だったら大丈夫なんです。
 作戦を立案して実行するのは、ショッカーの怪人の一人、つまり幹部クラスだから。
 失敗してもその幹部に責任を取らせれば、それで視聴者は納得します。


 幹部一人に責任取らせても、その上にはそいつら全てを束ねる悪魔総統がいる。


 悪魔総統がやられても、さらに上には暗黒大魔神がいたのだ! という構造にすれば大丈夫。
 よく使う手です。
 スタンダードな方法ですね。


 このスタンダード手法さえ押さえていれば、バベルの塔計画を実行する時も、ガーゴイル総統自らが出て行くなんてことをしなくて済みます。
 ガーゴイル総統とは別に、バベルの塔のプロジェクト責任者と会話するシーンを作っておけば、さっき言ったような問題は回避できます。


 その上で、今回「バベルの塔計画」は失敗したけど「しもべの星」が本当にあることが解ったから良かった、みたいな落とし方にすればいいんです。


 これは台詞だけじゃダメです。
 これを台詞だけでやっちゃうと『エヴァ』になっちゃう。
 「全てゼーレのシナリオ通り」って、言ってるだけ。
 この関係を、キャラクターの関係として見せなきゃいけない。


 台詞だけじゃなくて「具体的なプロジェクトと代表するキャラクターとその成果」という形で、そのカードを一枚ずつ見せることがすごく大事なんですね。


 でないと、途中まで延々、名前だけの説明セリフになっちゃうんですよ。


 ガーゴイルも台詞では一生懸命説明してるんですよ。
「これらは全て我々の計画通りだ」って。
 でも、いつも同じセリフだから、徐々に視聴者の信頼は下がっちゃいます。
 ワンパターンに思われて、あんまり信用してもらえない。


 しかし、いま説明した「プロジェクトごとに幹部が担当する」という構造なら、そういう肩すかしが防げるわけですよ。


 それが、ナディアではできていない。
 キャラクター的に余裕がないというのは、そういう事です。


 難しいんですよ、この問題は。

『トップをねらえ!』でも「宇宙怪獣の目的は何なのか」はすごく考えたんです。
「この宇宙全体のエントロピーが増えすぎないようにするための生物」という基本的なベース設定はあるんですけど、それくらいしか考えられませんでした。

 それでも基本設定があるだけマシなんですね。
 基本の考え方、世界観みたいなものがなかったら、言葉だけでどんどんどんどん空回りになってしまいます。
 世界観自体のインフレーションが起きてしまう。


 繰り返しになっちゃいますけども、なぜ僕が今、こういう自分たちの恥というか弱点というか失敗みたいなものを語っているか。


 これから先アニメを作るとき、もしくは小説とかマンガを作るとき、あるいは見るときもそうですけど、構造的な物の見方、フレーム的な物の見方が出来るようになっていただきたいからです。


 こういう補助線を持って見ると、単に面白いとか、キャラが萌えられるかという以外の見方ができるようになります。
 このクリティカルな、評論的な見方ができると、アニメやマンガを語るときの大きな武器になる。


 アニメファン以外に作品の面白さ・見所を伝えることができるようになります。


その(6)に続く

『遺言』 岡田斗司夫著 筑摩書房  より




otaking_ex_staff at 17:00コメント│ この記事をクリップ!
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