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2012年04月09日

特集 『ナディアの舞台裏』(『遺言』五章より)その(2)国会で決められた「動画や撮影は韓国に発注せよ」

その(1) より続き 

国会で決められた「動画や撮影は韓国に発注せよ」

で、井上さんの話です。

 井上さんはあまり内容に干渉して来ないタイプのプロデューサーだったので、「NHKでTVシリーズをやって、貞本と真宏に何か好きなことをやらせる」というだけで、動けたわけです。

 ところが不幸なことに、貞本義行も前田真宏も、その当時、自分のイメージを強く打ち出すタイプの監督ではなかったんです。

 なにせ、間近で山賀とか庵野とか赤井なんていう怪物みたいな作家を見てるわけですよ。
 しかも、TV版の『マクロス』もちょっと手伝いに行って、河森正治と美樹本晴彦という、これまた大天才を見てるんです。
 ああいうのと比べたら、人間いくら若くて元気でも、自信が微妙になくなっちゃうわけです。

 
 自分もあんな風にオリジナルのイメージをばーっと出さなきゃいけないと思うからこそ、逆にそこまでのアイディアが出せないと考えて尻込みしてしまうんです。


 NHK側から出ていた『ナディア』の企画、女の子がいて動物と話せてという『天空の城ラピュタ』改訂版みたいなプロットに関しても、貞本君も前田君もどういう風に変えていったらいいのかわからなくて困っていたわけです。
文句は言うんだけども、どこまで崩していいのか見切れずに、具体的なアイディアが出せないでいたわけです。


 という、全然前に進まなくなった段階で、クーデターが発覚しました。発覚というほどセンセーショナルでもないんですね。カミングアウトです。
 どうにも動きようもなくなったので、井上さんが僕の所に来て「実は岡田君、NHKとの間でアニメの企画が進んでるんだけど」「え?」「もうこんな企画書も上がってるんだ」「ええっ!?」となったわけです。


 ほんとに初耳のことばっかりだったんですけども、「ガイナックスさんがご存じの通り」とか言って、どんどん話が進んで行くから、僕は井上さんの顔を立てて、知ってる振りをするしかないなあと、適当に相槌をうちながら聞きました。

 それでも、貞本と真宏がどの辺に引っかかっているのかもよくわかりました。

 NHKのプロデューサーもやっぱり、プロデューサーなわけです。

 物を作る世界では、よく「あの人はプロデューサーじゃない。単なるサラリーマンだ。安全なことしか考えてない」と悪口を言うんですけども、安全なことしか考えてないやつはTV局には入社しないです。
 アニメのプロデューサーをしてるはずがないんです。


 どんなに安全なことしか考えてないように見えるプロデューサーでも、実は野心と夢みたいなものがほんのちょっとはあるんです。

 それは心の中に隠れていて、辛い時代とか若い時代を通り過ぎてゼロになったような気がしても、そんな気がするだけ。実はやりたい事があるんです。


 紹介されたNHK側の偉い人、もうおじいさんのプロデューサーにも、やりたいことがありました。
 何をやりたかったのかというと、NHK的なアニメは嫌だという主張です。『子鹿物語』(一九八三)★とか、その手の良い子が見るアニメは嫌だ。いかにもNHKではないアニメがやりたかったんです。

 だから、ガイナックスとやろうと思った。

 でもガイナックスとだけやるのはあまりに危険なのも、こいつらの顔を見ただけでなんとなく解る。
 じゃあ『タッチ』(一九八五)★をやっているグループ・タックとくっつけたら大丈夫じゃないかって考えたんですね。

 これは、プロデューサーという人種の物の考え方です。
 プロデューサーは、システムやスタッフ組みでなんとかしようと発想します。

 僕もそうです。
 僕も何か大きいプロジェクトやるときは、スタッフ組みのフレームワークから考えます。
 フレームからなんとか構造を作っちゃおうとするんです。
 たとえば作画にこいつ入れて、シナリオにこいつ入れたから、後はどう転んでもなんとかなるだろうって。

 食玩を企画した時も、海洋堂★が中国で量産をさせてて、四国の真鍋(正一)君★が原型をやる。
 塗装はこの人がやって、解説はこの人に押さえて、マンガはこういう風にやるから、これで行けば最低限六十点の出来は確保できる。
 それを、八十五点まで持って行ければ上等かなっていう風に、全てこの外側のフレームワーク、構造とか仕掛けの段階で、自分の仕事を達成しようとするんです。


 NHKのプロデューサーもプロデューサーですから、職業病みたいなもんでフレームで考えるんですよ。


 『タッチ』を作ったグループ・タックと、『王立宇宙軍~オネアミスの翼』と『トップをねらえ!』を作ったガイナックスを組み合わせればなんとかなると思うんですね。

 まさかそんなもの組み合わさるわけがないんですけども、そういう風に考えてしまうプロデューサーの心理というのはよくわかります。
 そう考えて、NHKとしては予算を含めて制作にゴーを出したんです。

 もう一つ『ナディア』に関しては、枷がありました。

 これは当時僕らも実際に言われたことです。最終的には確認してないし、僕にはわからないこと・調査できないこともあって「事実だ」とは断言できないんですけど、状況証拠だけはいっぱいありました。

 当時、韓国政府と取引というか、契約みたいなものが成立していたそうなんです。

 韓国の作画スタジオとNHKというレベルの話ではないです。
 日本国政府と韓国政府との間で、取り決めがあったらしいんですよ。
 それは別に密約とかではなくて、もっと健全で、文化的なものです。

 日本政府が「韓国がこういう事をするなら、それに対してお助けしますよ」と申し出て、韓国側も「資金援助とかじゃなくて、文化的支援だったら喜んで受けますよ」というやりとりをした。
 その取り決めの中に「アニメの作り方を教える」という項目もあったんですね。

 その一環として企画された『ふしぎの海のナディア』は、アニメを作るという目的以外に、NHKならではの「韓国のアニメスタジオにアニメの作り方を教える」という命題があったわけです。
 それは具体的に言うと、作画以降の、動画と仕上げ、撮影のほとんどの工程を韓国でやらせるということです。


 僕が説明されたとき、東宝とグループ・タックのプロデューサーからは「これは国会で決まったことだから」って言われたんですよ。
 『天才バカボン』(赤塚不二夫、一九六七)★の台詞じゃないんですから。
 「誰が決めたんだ? 国会で青島幸夫(一九三二~二〇〇六。作家、タレント、政治家)★が決めたんだ」って。冗談みたいですよね。


 ほんとに真顔でそういう風に言われたんですよ。

 誰か調べる気がある人があれば調べてください。
 『ナディア』のオンエアの二年ぐらい前に、国家レベルの申し合わせの一つに、アニメーションの作り方を教えるってのがあった。
 おそらく事実なんだとおもいます。
 その結果、「NHKが作るアニメは、作画の何パーセント以上は韓国国営の世映動画★というところに発注する」と決まっていた。


 これを知ったときはびっくりしましたよ。
 貞本君が浮かぬ顔なのもわかりましたよ。

 『オネアミスの翼』にしても『トップをねらえ!』にしても、基本的にガイナックスがやりたい放題で作ったんですよ。
 最終的には作画監督なんだけど動画まで描いちゃえとか。
 庵野君も、赤井君もみんなでセルも塗っちゃえとか。
 いざとなったら撮影さんのとこに行って自分でカメラ、パチパチパチパチ撮っちゃえとか。そういう勢いがあったんです。

 でも、これが急に出来なくなっちゃうんです。

 しかも、当時の韓国の作画レベルは、大変不安定でした。
 日本のスタジオより上手いスタジオもいくつもありました。
 でも、そんなスタジオでも仕事が忙しくなるといきなり、本当に酷い絵が返ってくる。
 それどころか、何も帰ってこないで、音信不通になる。

 『ナディア』の場合は作画発注だけでなく、何を発注するかもまちまちなんです。
 こちらからセルを送るとフィルムで帰ってくるということもある。
 動画を宅急便で送ったら、フィルムになって帰ってきちゃうこともあります。
 『ナディア』ではないんですけど、コンテを韓国に送ったらフィルムになって返ってくる場合すらありました。
 そういう作品はほんとに「神様にお願い」なんですね。

 「神様! このコンテの三割くらい上がってますように!」と祈りながら待つ。
 で恐る恐る、東洋現像所★に初号試写をみんなで見に行く。
 ほんとに腰が抜けるようにひどい作画のものを見てびっくりするか、「へえ、コンテ渡すだけでここまで仕上がるのか、すげえ」ってなるのかは、その日になるまで神様しかわからないんです。

 作画まで韓国で仕上げて、撮影は日本というのもあったし、セル仕上げまで韓国で撮影は日本ってのもありました。
 いつだったか、作画まで韓国の回で、宅急便で動画の束が返ってきたら、荷物が湿ってる。
 何かなと思ったら韓国のスタッフがキムチを入れてくれてたんです。
 多分、日本のスタッフに気を遣ってくれてたんでしょう。
 でもそのキムチの袋が破れて、汁がこぼれてた。これはきつかったです。


 「キムチやめてくれ」って言ったら、次は韓国のインスタントラーメンが入ってた。

 あぁ、そうだよ。君たちご存じの通り、ぶっちゃけ日本のアニメーターは貧乏だよ。
 そりゃ韓国ではアニメーターって、すごいエリートで高給取りらしいけどさ。
 嬉しくないかと言われたら、正直嬉しいよ。
 でも、キムチやラーメン、できれば別便で送って欲しいよね。


 まだ、キムチとかラーメンの時は、こぼれてなければ笑って何とか出来る範囲なんですけど、もっと変な物が入ってたらどうしようと思うと、気が気ではありませんでした。
 ちょうど当時、韓国ルートから麻薬とか拳銃とか、ほんとによく言われた時代でしたから。
 毎回箱を開けるのが怖くて怖くて。

 麻薬が入っているのが怖いんじゃないんですよ。
 開けて何かが入ってたせいで、オンエアが遅れるのが怖いんです。


 違約金制度というのがあって、放送に間に合わなかったらNHKエンタープライズ★に対して、違約金を払わなくてはならない。
 GAINXが直接払うわけじゃないですけどね。
 納品責任ある東宝がNHKエンタープライズに違約金を払うんです。
 それが東宝からグループ・タック、グループ・タックからガイナックスと回り回って、いつ請求されてしまうかわかんないわけです。

 そんなわけで貞本君が憂鬱だったのは、好き放題に作れる『王立』とか『トップをねらえ!』みたいな作り方ができなかったからです。
 自分たちではどうにもならない会社同士の取引よりさらに上の、放送局と制作会社の関係すらも超えるような、国家と国家の契約で韓国に発注せざるを得ない。

 なのに心ないファンは、「ガイナックスの作画、また今回手抜きだ!」と言うんですよ。

 俺たちほんとに、毎週毎週NIFTY-Serve(当時のパソコン通信)★を見ながら、悔しくて、悔しくて。毎週見なきゃいいんですけどね。
 ほんとに、すごく悔しかったです。

 俺たちじゃない! 納品責任は東宝なんだから、せめてガイナックスじゃなくて東宝が手を抜いたって言ってくれ!

 せめてグループ・タックが手を抜いたって言ってくれ!

 そうじゃないなら韓国人が手を抜いたって言えよ! 
 世映動画ってエンディングに出てるじゃないか。
 もっとデータを読めよ! エンド・クレジットに出てるじゃないか!

 でもなぜか、一番言いやすくてわかりやすいガイナックスに悪口が集中するんですよ。

 まあそんな状況は作る前から見えてるので、貞本君は、「この体制ではできない。クオリティ管理なんか出来ない」と考えるわけですね。
 前田君は前田君で「そんなことありませんよ、貞本さんやっちゃいましょうよ」って、他人事だから言うわけです。

 他人事の時は、前田真宏は一〇〇%言うヤツなんですよ。
 だからといって「じゃあ、かわりに監督を」と頼むと、「監督なんか僕なんかまだまだ」ってすぐ逃げるんです。


その(3)に続く




『遺言』 岡田斗司夫著 筑摩書房  より




otaking_ex_staff at 17:00コメント│ この記事をクリップ!
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