その(2)よりの続き。
爆笑の中すすむインタビュー。休憩中も和やかです。
〈佐藤〉この作品のキャラクターのリアリティについて、もう少しお聞きしたいです。
〈岡田〉やっぱり、「ナディアのワガママさ」ですね。
それまでアニメの女の子っていうのは、たとえば『タッチ』に出てくる南ちゃんとか、あとはナウシカっていう、「純粋で、まっすぐで、ひたむきで、人を裏切らない、嘘をつかない」っていうキャラクターだったのが、平気で嘘つくし、好き嫌いはあるし、「野菜がいいの」って言いながらポテトチップバクバク食うし(笑)
〈佐藤〉しかも、お肉の味の(笑)〈岡田〉そうそう!(笑) それは監督の庵野秀明が「肉が嫌いだ!」って言いながらポテトチップスのバーベキュー味が大好きだからなんですけど(笑)
そういうワガママさっていうリアリティを出した。
ジャンにしても、普通、アニメのヒーロー、男の子の方は、女の子のために頑張っちゃうんですね。肉体的にもそうですし、精神的にも。
でも、ジャンは「草食系男子」っていう……まだ草食系なんて言葉が欠片もなかった時代から、「俺はこの女の子のことが好きなんだけど、俺がこの子のことを好きなのは、ただ単に見た目が好きなのか、なんかほっとけないと思っているからなのか、それともこの女の子が自分の大好きな科学というものを否定しているから、それをちゃんと思い知らせたいから、意地になっているからだけなんだろうか?」という、キャラクターの曖昧な気持ちを曖昧なままお話の中に入れてるところが、すごいリアルだと思うんです。
〈佐藤〉共感できる部分もありますよね。女の子のワガママさだったりとか。
〈岡田〉あと、ネモ船長とナディアの関係も「なんであそこまで冷たくするのか?」とか「なんでナディアはそんな逆らうのか?」。間にいるエレクトラっていう人が……言ってしまえば、後から来たママハハみたいな関係になっちゃうわけですよね。そういうふうなものが来たらどうなるのかを描いた。
そうなるのは、庵野監督が元々少女漫画が大好きだからなんです。少女漫画って言っても子ども向けの少女漫画じゃなくて、青年向けの少女漫画が好きだから、愛憎ドロドロが大好きなんですよね。残酷なシーンも結構あるようなのが好きで。
そういうもののリアリティ……人間ドラマのリアリティ……少女漫画に描かれているリアリティっていうのをアニメの中にはっきり入れたいって彼は語ってて。
それが上手く結びついたのが『ナディア』だったんです。
あいつ、いくえみ綾とかね、ああいうのがすごい好きです。結構小難しい系の。
〈佐藤〉三角関係みたいな……?
〈岡田〉三角関係とか「実は血縁があって」とか、ドロドロしたのを。そういうのをアニメの中に入れたいとか思ってたんですよね。
それをどうやってアニメの中にいれながら、NHKの偉い人にバレないかっていうことを(笑)
〈佐藤〉ほんとにすごい最後思ったのが、エレクトラさんとネモ船長で、あれってやっぱり「付き合ってた」んですか? ふたりは。
〈岡田〉もちろん! エレクトラさんのベッドなんて使ってませんよ!(笑) 毎晩毎晩ネモ船長んとこです!(笑)
〈佐藤〉えー! なんかほんと、最後に気づいて、最後……ネモ船長が死んじゃったじゃないですか。でも、エレクトラさんがお腹をこう、やったときに「え!? ふたり、付き合ってたんだ!」って。
〈岡田〉あれが限度なんですよ、NHK的に! じゃあ、これをテレビ東京に持ってったらどうなるかっていうと、『エヴァンゲリオン』になって、もうゲンドウさんは手下の女を片っ端から抱いているという……(笑)
〈佐藤〉ひどーい!(笑) でもネモ船長って、エレクトラさんのことを「娘」的な気持ちで見てるのかなって思ってたんですけど。
〈岡田〉名前が「エレクトラ・コンプレックス」ですから。
心理学で言う「ファーザー・コンプレックス」の逆転現象、「エレクトラ・コンプレックス」ですから。ネーミングからして、「はい! この人はネモ船長と付き合ってますよーん! 毎晩寝てますよーん!」ってことを、俺達ははっきり言ったつもりなんですけど(笑)
〈佐藤〉えー、そうなんですか!?
〈岡田〉よし! さすが中学生はまだ気がつかない! セーフ!(笑)
〈佐藤〉わかんなかったんですよね、すごい。それがなんか気になっちゃって。
〈岡田〉少女が父親に対して持っている屈折した感情のことをファーザー・コンプレックスっていうんですけど、それが恋愛感情に行ったものをエレクトラ・コンプレックスっていうんです。それをキャラクターの名前に付けたらもう、これで……。
〈佐藤〉「そこで解れよ」ってことだったんですね?
〈岡田〉「解れよ」と。そこらへんはNHKの設定書になかったんですよ。ネモ船長、ナディア、ジャンはあったけど、これはなかったから、「俺達、好きなことができる!」って。
「黒人の男」みたいなのが書いてあったけど、これボツにして、「白人のオネエサン」にして、「エレクトラ」って名前にして、これは実はネモ船長とつきあってるっていう……。
会社のホワイトボードには、なんかすごいドロドロの昼ドラみたいな関係性が書いてあって(笑)
〈佐藤〉だって、子どもとかできちゃったら、ナディアとエレクトラの関係とかすごい微妙じゃないですか?
〈岡田〉あのふたりは、葬式とか誰かの結婚式では会うんですけど、話はしないと思います。
〈佐藤〉そう思います。だって、気まずいですもんね。自分のお父さんと……。
〈岡田〉あれ、気がつきました?
〈佐藤〉気がつきますよ!
〈岡田〉いくつのときに気がついたんですか?
〈佐藤〉いくつっていうか、最近見たんですけど、それで……大人なんで(笑)
中学生だったら気づかなかったと思います。
〈岡田〉中学生ではギリギリセーフなんですけど、たぶんお母さん方は「え!?」って思うような作り方だったんです。
〈佐藤〉ドキッとしますよね。お腹さすられたら。
〈岡田〉「アンタたち、そうだったの?」「ネモ船長、けっこうキレイごと言ってて、やることはやってたのね!」って話。
〈佐藤〉グランディスが泣くじゃないですか。ネモ船長も亡くなっちゃったし……。
〈岡田〉グランディスもグランディスで、見てないところでバンバンヤッてるから大丈夫です!
〈佐藤〉え!?
〈岡田〉えぇ、もう。アバズレですから。
〈佐藤〉ひどーい!(笑)
〈岡田〉「アバズレが恋をすると、あんなに純粋になる」っていうのがナディアの見所なんですよ。あの女の人は他所行ったらさんざんなことヤッてるんだけど、ネモ船長が好きになったので、初めて「なんでアタシ、バージンじゃないの!?」って思うような話なんです。
〈佐藤〉もうひとつ! サンソンとマリーは最終的に結婚するじゃないですか。でも、メッチャ歳の差ですよね?
〈岡田〉あれはね、もう途中でどうしていいかわからなくなったから。「よし! こいつら結婚させよう!」っていう……(笑)
最後の方で順列組合せみたいに決まって(笑)
でも、たぶんこれとこれとを結婚させたら全部お話がつながるっていうふうに思ったんです。
だから、「島編」が終わってアフリカに渡っちゃうくらいから「サンソンとマリーはくっつけようかな?」って。
それを「結婚とかさせるとダサいよな」「いや、結婚ってハッキリわかるようにすべきだ」っていう意見が対立はしてたんですよ。
最後は最後で、もう、尺がない状態になったんですね。最終回まるまる30分、後日談をやるはずだったのが、戦闘シーンが伸びに伸びに伸びに伸びて。最終回ギリギリまで宇宙で戦闘してるから、最後、エピローグなんて2分しかない。
もう、マリーの声優さんに「すいません! この原稿読んでください! あとはもう適当にやります!」って言って。
〈佐藤〉じゃあ、バタバタで最終回だったんですか?
〈岡田〉バタバタで。だから、もしもっと尺があったら「あのふたりは結婚するかもしれないね」ってあたりで落ち着けたかもわからないです。でも、時間的にはもっとタイトだから、「このふたりは結婚した」ってハッキリ視聴者に見せようと。
そういうのがここに出てますね。
〈佐藤〉はあああ。すごい、スッキリした(笑)
〈岡田〉すいません、どんどん……(笑)
〈佐藤〉絶対使えないですよ!(笑) 最後の方、もう、小中学生に向けた物語ではなくなっちゃいました(笑)
〈岡田〉いい話じゃないですか!(笑) アバズレが恋をして純粋になるっていう……。
〈佐藤〉いい話ですけど! 「バンバンヤッてる」とか、使えないですよー! NHKですからー!(笑) 子どもの夢を打ち砕くような……大人が見たくなっちゃいます(笑)
〈岡田〉深夜枠でノーカット版を(笑) DVDには別バージョンで入れて(笑)
〈佐藤〉最初の方の話、1話とか2話とか見てたら、全然……。
〈岡田〉ナメるでしょ? こうなるんだろう的にナメるんですけども、最後の方見たら「なにコレ?」っていう……(笑)
〈佐藤〉ほんとに、そういうふうに考えると、無茶苦茶ですよね、話とか。
〈岡田〉残酷なシーンですよね。ナディアのお兄さんがロボットに改造されて死ぬシーンとか。
〈佐藤〉ネオですよね。
〈岡田〉ネオ。あれが目を開いたまま、足でふんづけられる。アニメって目を閉じてくれてるんです、死んだものは。目を開けたままの死体を踏みつぶすことで残酷さっていうのを表現している。
〈佐藤〉残酷なところとコメディとの差が激しすぎて……。
〈岡田〉どんどんうまく……『エヴァ』になるとかなり自然になってくる。『ナディア』っていうジャンプ台があって、そこで「こういう演出法もアリなんだ」って庵野くんが発見して、『エヴァンゲリオン』の方で実用化したんです。
〈佐藤〉『エヴァンゲリオン』もすごくおもしろかった……。
〈岡田〉だから、『ナディア』が「まかない飯」だとしたら、『エヴァンゲリオン』が「お客様に出す感じ」ぐらい(笑)の完成度の差があるんですけど。
でも、ナディアの方がダイナミック。
〈佐藤〉確かに、いろんな人のいろんなやりたいことが詰まっている感じがしました、見ていて。
〈岡田〉途中でNHKのプロデューサーが怒って入院しましたから。
〈佐藤〉え? なんでですか? どこでですか?
〈岡田〉「何やってもいいよとは言ったけど、ここまでやれと言ったつもりはない!」って話になって(笑)
ほんとに人間って怒って入院するんだなって。ほんとに、怒りで口から泡が出てて。
〈佐藤〉えー!
〈岡田〉それで、次の週に打ち合わせに行こうと思ったら「今週は打ち合わせしないで」って言われて。「なんで?」って言ったら「あの人、入院して」って。「なんでですか?」っ聞いたら、「怒って入院して」って。
〈佐藤〉頭に血が昇っちゃったんでしょうね。
〈岡田〉でも、最後までやらせてくれましたから。約束どおり39話、打ち切りもせず。民放だったらないですよ、絶対に。
なんでこんなにNHKを褒めたたえているのに、これがオンエアできないんだろう(笑)
〈佐藤〉それは岡田さんが「アバズレ」とか言っちゃったからですよ!(笑)
〈岡田〉「アバズレ」、カットかぁ(笑)
〈佐藤〉カットですよぉ。ダメですよぉ。
〈岡田〉「バンバンヤりまくってる」もダメなんですね(笑)
〈佐藤〉ダメですよぉ。絶対に。
ノーチラス号の中だけでもドラマですよね。その中だけでも。すごい思いました。そういうの。
〈岡田〉やっぱり「船」とか、舞台を限定したら急におもしろくなるんですよね。
だから、逆に海に出て航海とかしてると、僕らはやり方がわからなくなって、お話がとっ散らかっちゃうんですよ。
宮崎駿はベテランだから……大学卒業して即アニメ界に入って、10年も20年もテレビの仕事して監督になったから、間違いないんですよ、手際に。
庵野なんて大学を卒業もせずに……一応行くことは行ったんですけども中退になって、アニメの映画版を2、3本手伝っただけでいきなり監督ですから、キャリアが全然違うんですね。
天才ですから、おもしろくできるところはすごいおもしろいんですけど、きちんとしなきゃいけないところは全部ダメなんですね。
「ナディアって岡田さんから見たらどうですか?」って聞かれたら、辛いことは辛いんです。出来がデコボコだから。高音しか出せない歌手が歌ってる歌みたいな。
〈佐藤〉低いところが聞きたいのに……?
〈岡田〉低いところはちょっとはずれるなって(笑) でも、この高音はすごいんだよ。
『ナディア』も全部通して見たらガタガタなのは、僕らもわかってるんですよ。
〈佐藤〉差があるんですね、いいときと悪いときの。
〈岡田〉この「いいとき」にすごいいいっていうのをやりたくて作ったんだけど……。
〈佐藤〉じゃあ、対談はこのくらいで……。
〈岡田〉いやあ、意外なことを聞かれて、話すつもりがないことがどんどん出てきてしまいました(笑)
〈佐藤〉ありがとうございました! ところで岡田さん、ちょっと、レゴを見せて下さい。
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インタビュー後も続くコレクション自慢。
棚をのぞきこむ二人。
自慢のノーチラス号を手に、記念撮影!
文字起こし 無銘のマサフミ/活字のマリ/ヤムアキのタクマ
アンカー 後藤みわこ
プロデュース のぞき見のミホコ