FREEexなう。

2011年03月19日

3.11以降の世界

震災から、もう一週間以上経った。
たった一週間だけど、あの震災前と後では「世界」が違うように見える。
昨夜のtwitterでも僕は「3.11以後、僕たちの世界は、具体的に言うと”幸福感”が決定的に変わってしまった」とつぶやいた。

では、変わってしまった”幸福感”とはなんだろう?

人によっては、もう家を買うことはバカらしくなったと思うだろう。
賃貸か持ち家かの論争に、あの震災は計り知れない影響を与えた。
持ち家は「終の棲家」であるとは限らず、逆に脱出を決意する時の思わぬ心理的足かせになる。

家族や親戚の意味・重みを感じた人も多いだろう。
やはりいざという時に頼りになるのは血縁だ、と言う人がたしかに僕の周囲でも増えた。

逆に、ネットでの”繋がり”を見直した人も多い。
ネットから情報を仕入れ、ネットで愚痴り、ネットで励ましの言葉を貰う。
いまやネットはガス・水道・電気を越える社会インフラだ。
水と空気の次はネット。そこまで言っても言い過ぎじゃないほど、僕たちの世界は情報がなにより優先される。

さて、ではなにが3.11以降に変わったのか?
上で書いたことは、どれもこれまでさんざん言われていたことだ。
でも、それを受け取る個人ごとの意味が違う。重みが決定的に違ってしまった。

僕たちはもう、無責任な消費者ではいられなくなってしまった。
不安だから買いだめをする、という「消費者として当たり前な行動」が、この世界に不安と恐怖を拡大する行為だ、ということを思い知らされた。
ネットに「正確な情報を!」「責任者は逃げるな!」と叫び続けるのが事態の解決に繋がらず、逆に有能な人材を「消費者への説明に使い潰す」ということも思い知らされた。

僕たちは誰もが「か弱き名も無き消費者」であるのと同時に、「顔の見えないモンスター」でもある。
これが3.11以降の世界の「僕たち」だ。

まだ考えがまとまらないけど、とりあえず今日はここまで。




okada_toshio at 11:17コメント│ この記事をクリップ!
代表日記 

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  1. 1
    オットセイ 2011年03月23日 06:09
    5 全く同感です。
  2. 2
    今泉徳洋 2011年03月27日 01:24
    はじめまして。これは誰が見れるのでしょうか?岡田さんに相談なのです。

    長々と失礼します。


    同じ国、しかも関東から車でも数時間という場所で大変な事になっています。
    こんなに近いのに我々は何もできない。という事に自分は歯がゆさを感じて何もできない・したくない状態でした。

    しかし現代社会ではいつも通りに働き消費し生活しなければと、頑張っています。

    沢山の人が無力感におそわれているのではと思いました。心の弱い人は押しつぶされているかもしれません。もしろ心が優しい人ほど・・


    こういう時に『宗教』は意味があると思いました。
    (自分は無宗教)

    何もできなくて罪悪感を感じていたり、身内を無くして怒る相手(自然)がいなかったり。


    『宗教』では教会に行き、話し、こうすれば良いとか、神から赦しを頂けるじゃないですか?

    しかし日本は無宗教で自分で答えのない答えを出し、自分を赦すしかないと思い、

    被災者もご飯や寝床が確保されてきたら今度は心の病がでてくるのでは?と1人勝手に心配しています。

    『pray for Japan』など募金の素晴らしいキャッチフレーズがあります。

    『自分を赦そう』みたいなキャッチフレーズをネットで広め、心を痛めてる人を助けたいな。と思い、自分の知る限りの1番の頭が良い人に相談したわけです。


    考えすぎでしょうか?
    ただでさえ、自殺率が高い日本人。心配なのです。