FREEexなう。

2010年06月14日

メイキング・オブ[悩みのるつぼ]・オタクの息子に悩んでいます

 

先週の土曜、朝日新聞「悩みのるつぼ」で回答を担当した。
編集部から依頼された質問、今回はなんだか人ごととは思えない話。
************質問************

私の息子は29歳で、もうじき30歳になろうとしている男が美少女アニメキャラにはまり、部屋の壁はすべてポスター。グッズの数はクローゼットいっぱいで数知れず、美少女物のグッズのなかに埋もれて暮らしております。

こんな変な息子にしてしまったのは私たち夫婦に原因がありますが、今それを言ってもどうにもなりませんのでこれからの事をお聞きしたいと思います。

仕事は正社員として働き、趣味はパソコン本(最近話題の本など)を読んだりしていますが、とにかくおたく(ゴマ、、、)で彼女もいません。最近こういう幼い男がふえ、その辺にもいそうですが、自分の息子でありながら受け入れることができあにのです。エスカレートを注意すると内にこもります。

そうかと言えば、愛車に美少女アニメのポスターを堂々と張り、古い人間には恥ずかしくないのかと怒りがこみあげてきます。

これではいけないと話し合いますが、「人にはバカの壁があり理解し合えないのだ」と言います。息子なので何とか理解しあいたいと思いますが無理でしょうか?

「親だから言うのだ」という私の理屈は今の時代、通りませんか。子育てに失敗したことは自分には重々わかっております。子供も私もハッピーになれるアドバイスをよろしくお願いいたします。
************質問終わり************

 

************回答************
問題ははっきりしてます。
あなたは息子が嫌いなんです。気持ち悪いオタクなんて、我が息子でもイヤだ。
かまわないと思いますよ、息子が嫌いでも。もうお互い、嫌いでも困る年じゃないし。
子供は三つの段階を経て、一人前になります。
①保護者が育てる期間…0才~15 才。親や家庭の影響は絶大です。この期間の子供は保護者の責任範囲なので、放り出さずに面倒をみましょう。
②大人になる=独立への助走期間…15 才~25才。子供自身で大人へと変身する過程。まだ学生だったり仕事を始めたばかり。親や環境、友人や仕事の影響も大きく、手助けが必要な期間。この期間終了までに独立させることを目指しましょう。
③「一人前」になる期間…25才~35才。一人前とは、仕事で部下を持つとか、家庭を持ったりするなど「弱いものの面倒を見ること」です。こうなると親子関係ではなく、同格の大人同士の人間関係です。苦労した育児はもう10年以上前に終わっていたんですよ。ご苦労さまでした。
さて、①の期間で親子が互いに嫌いあうのは大問題。②の期間で嫌いなのは家族の不幸です。
しかし③の期間で互いに嫌いあうのは、単なるバカですよ。
お互い一人前の人間で、収入もあります。嫌いになるほど近い関係、ということ自体が間違っている。そうなる前に、さっさと別に住むべきでしたね。
息子が「どうしても経済的にきつい」とあなたに頭をさげるなら、世間並の家賃や食費をきっちり払わせましょう。間借りの条件として、家主に気持ちの悪いポスターを部屋や車に貼ることも禁止です。ルールを守るなら家賃は光熱費・食費込みで十万。不愉快なオタク趣味を貫くなら十五万円。この差額の五万円はあなたの迷惑料です。旅行でも習い事でも、気晴らしはご自由に。
さて、悩み相談とは、なにより相談者の味方につくべきです。ですが、蛇足として息子さんにも助言させてください。
いい年して実家暮らししてるから、母親の言うことを我慢しなくちゃいけないんだよ。さっさと貯金して家を出て、楽しいオタク人生を過ごしなさい。自分の趣味に没頭していいのは、子供か「一人前の大人」だけなんだよ。
************回答終わり************

実は、朝日新聞からはこの質問を含めて合計5つ、提示されていた。その中から自分の好きなのを答えるというシステムだ。
他には「年老いた女性と、若い彼氏」「自分には取り柄がない、という悩み」「マイナス思考を治したい」などがあった。
これらの質問を社内ネットで張り出し、社員たちに「どれに答えようか?」「サンプル回答、考えてみて」とアンケートを取る。で、一番多かった「オタクの息子」が当選になったわけ。

まず社員の意見を参考にしながら、まず「僕が言いたいこと」だけで書いてみた。これが下書きだ。

************下書き開始************
(1) 子育ては、子供を幸せにすることではありません。一人前の社会人にすることです。現在の平和な日本社会では、一人の人間が一人前になるには30年~35年かかるという覚悟が必要です。
それを三段階に分けて説明してみましょう。
i. 育児期間 15歳まで
ii. 教育期間 25歳まで
iii. 社会貢献期間 35歳まで
i. は、子供が肉体的に大人になるまでです。義務教育期間でもあり、親の責任が大きい時期です。
ii. は、学校、友達関係、会社など、本人が自分で選びとった環境から、様々なことを学ぶ期間です。
どんな環境に身を置くかで学びの質も変わってきますから、親の助言や助力がものを言う期間でもあります。25歳まで教育期間というのはずいぶんゆっくりした印象ですが、浪人、留学、大学院、専門学校に再入学、専門の資格を取る期間など、今は22歳で教育終了というのが難しくなってきています。仮に就職しても給料が安い時期です。大甘ですが、10年間は教育援助期間と考えてあげましょう。
この期間で、親は子供の独立を徐々に促し、最終的に独立を「完了させる」義務があります。
iii. この10年間は、社会に必要とされる存在、役に立つ存在になる期間です。会社でも部下ができたり、プロジェクトを任されたりします。結婚したり、子供ができたりという人も多いです。誰かのためにがんばり始める時期、誰のために、何のためにがんばるかを見つける時期とも言えます。
この期間に、親が子供の人生に口やお金を出すのは、してはならないことです。他人の面倒を見れるようになるべき時期に、親に面倒を見てもらっていてはお話になりません。
(2) さて、あなたの息子さんのケースを考えてみましょう。
現在、29歳で正社員として働いているのですから、ii. の段階は完了していますよね。間違いなくiii. の段階です。この段階の息子さんに関して、悩みの相談を寄せられていること自体が、間違っています。
息子さんは、既にあなたの保護下にあるべき存在ではありません。息子の趣味が気になる。あなたの年代ならそうだろうと思います。
そういう男性が世の中にいることは知っているけど、自分の息子がそうだと思うとイヤでしょうがない。そんな男、気持悪くて大嫌い。
わかります。まさに、あなたの素直な感想なのでしょう。
29歳なら、そろそろかわいい彼女を連れてきてもよさそうなのものです。この調子では、いつ孫の顔を見れることやら。何とかしないと、と悩んでおられる。
でもここで問題なのは、そんな気持ち悪い男と、なぜ一緒に住んでいるのか、ということです。
A. 育児期間において、互いが嫌いなのは大問題です。
B. 教育期間において、互いが嫌いなのは不幸です。
C. 社会貢献期間において、互いが嫌いなのはバカです。
お互い、一人前の人間で、収入もあるのです。嫌わなければならないほど近い存在である、ということ自体が間違っています。
(3) さっさと家から追い出して下さい。息子がかわいそうと思うのは大間違い。あなたは、息子にいいように利用されているだけですよ。きちんと子離れしましょう。
老後のめんどうを見てもらうのだからと思っているなら、なおさらです。今、他人のために生きる喜びを知らなければ、息子さんが将来あなたの老後のめんどうをみることなどありえません。
人間は、楽な方に流れる生き物です。決して、勝手に大人になったりはしません。大人として扱われて初めて、大人の自覚が生まれるのです。
あなたが今、息子さんと話し合うことは、さっさと独立しろ、今すぐ下宿先を探せということです。
(4)息 子さんが、どうしても経済的にきつい、とあなたに頭をさげるなら、世間並の家賃や食費をきっちり払わせるべきです。また、間借りさせる条件として、気持ちの悪いポスターを部屋や車に貼ることは、禁止事項として言い渡しましょう。
禁止事項を守るなら家賃は光熱費・食費込みで十万円、趣味を貫きたいなら十五万円に設定するのも手です。十五万円家に入れてもポスターを買う経済力と根性があるなら、妥協しても良いのではないでしょうか?差額の五万円であなたは旅行でも習い事でも、気晴らしをすればいいのです。
(5) あなたはi. 育児期間やii.教育期間で、自分の対応が間違ったと考えているようです。が、間違ったのはiii. 教育期間で独立を完了できなかったこと、そして現在も、まだ完了できていないことです。
その事実にきちんと向き合って下さい。
************下書き終了************

いや、自分で転載しててイヤになるよ(笑)
長々と書いてるけど、これじゃただのお説教だ。いちおう、最後に具体的な提案はあるんだけど、とにかく「あんたは間違ってる。こうしなさい!」という命令口調が強すぎる。
おまけに長いよ。規定分量の2倍以上を使っちゃってる。

じゃあこの原稿はダメかというと、そうじゃない。
お説教でも感情むき出しでもいいから、まずは心の中身を全部吐き出すこと。下書きというのはそのために存在するんだ。
ほら、人に相談すると、解決してないのに楽になった気がする時、あるよね?あれも同じで、心の中だけに溜め込んでおくのがいけない。
とりあえず一度、書いてみる。書いたら、そのまま最低でもひと晩、できれば三日ぐらいは寝かせておく。
人間、三日もあれば少し中身が変わる。
つまり三日後のあなたは、今のあなたではない。三日間の間に起きた出会いや人との対話、読んだ本が、ほんの少しだけあなたを変えている。
なによりも「下書きを書いてしまってスっとしている」という変化がある。

では落ち着いて下書きの見直しだ。わかりやすいように段落ごとに番号を振ってみた。

(1) は持論展開。悪くないけど長すぎる。
(2) は今回の回答の本質。ここはあまり削れない。
(3) は単なるお説教。ばっさり切るべき。
(4) は具体策。短く表現を変えられないか考える。
(5) でふたたびお説教。この部分、考えるべき。

うん、(5)は問題だな。すでに(3)で説教してるのに、なぜ僕はダメ押しのように⑤を書いてるんだろうか?
ふうむ、中央の接続詞「が、間違ったのは」にしてるのがマズいんじゃないかな?

間違ったことを責めても意味がない。それよりは、彼女の行いに報いるべき。
息子をちゃんと29年間育てて、仕事もしている大人にしたことを認める。「ご苦労様」と言った上で「もう終わったんですよ」と解放してあげないと、なんだかやりきれない。

よし!とりあえず方針は決まった。(1)と(4)は縮める。(3)と(5)はカットして、ニュアンスを変える。(2)の収めどころだけ考えればいい。

そういうわけで、冒頭の回答が出来上がった。

余談になるけど、答えた僕もまだ迷っているよ。
本当に「独立」は正しい方向なんだろうか?
単なる「大人になれ」論と、どこまで違うんだろうか?

この相談に悪者はいない。出演するのは善人ばかりだ。
そして、善人というのは”弱い”という意味なんだ。
弱い人が身を寄せあって暮らしていると、弱さゆえに攻撃性が身内に向いてしまう。
母親は「最近の若者に対する拒否感」を息子に向け、息子は「世間の不理解への不快感」を母親に向けてしまう。
言ってしまえば「互いが本音で暮らしている」から、この悲劇は生まれた。
本音を出して暮らせるのは、保護期間だけなのにね。「もう暮らせない」と思うからこそ、人は自立できる。

でも、その「自立すべし」という処方箋は正しいんだろうか?
僕自身、15年前のデビュー作「僕たちの洗脳社会」で、こう書いた。
「近代的自我の確立とは、幻想だった」と。
じゃあ、近代的自我=人格の独立性が虚構だったなら、別に自立を目指さなくても、とかグチャグチャ考え出しちゃって、〆切りギリギリになったんだ。

これじゃイカン。
内心いくらグチャグチャ悩むのは本人の勝手だけど、新聞の人生相談にそういう迷いは必要ない。思い切ってすっぱり「実用性」のみで書いて、今回の回答となった。


今日はここまで。
じゃ、また明日ね。




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