FREEexなう。

2010年12月01日

2010年12月掲載・毎日新聞「異論反論」 尖閣諸島ビデオ流出について

先週水曜の毎日新聞に掲載された「尖閣列島ビデオ流出事件、どう考える?」と題した記事を掲載します。
これは同紙で連載している『異論反論』というコーナーで、5週間に一度廻ってくる「社会に対してもの申す」コーナーです。
他の担当者は西部邁さんとか、そういうのを語るのが大好きな人たちばかりなので、正直肩身が狭いです。
では今回の記事を掲載します。

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国家の秘密をたまたま握ってしまった場合、どうしたらいいんだろう?
世のため人のため、誰かに知らせなくてはいけないと確信したら、新聞やテレビ局に持ち込む?それとも自分でネットに流すのか?
今回の事件で僕はそんなことを考えた。
新聞や週刊誌、テレビ局などのマスコミに持ち込めばいいの?でも、彼らはいまでも「権力監視装置」としての義務感とプライドで、情報提供者を守ってくれるんだろうか?
今回の事件では、保安官はマスコミよりもネットを選んだ。自分の正体を明かさず、誰にも知られずに全世界に公開できる、と考えたからだ。

しかしネットの匿名性というものは幻想だった。今回のように国家が調ベようと思えばどこまでも調べることができる。
グーグルもユーチューブも2ちゃんねるも、僕たちを守ってはくれない。権力が踏み込んだら、彼らは黙って全データを差し出す。ネットを使用する場合、すべて自分の責任で、言葉は古いが「相手と刺し違える覚悟」で内部告発を行わなければならないのだ。

江戸時代、庶民が代官を飛び越えてお殿様に訴えることを「直訴」と呼んだ。死罪を覚悟しての訴えだけど、瓦版などがその英雄行為をほめて助命を訴えるところなんか、今回の騒動にそっくりだ。
ネットによる個人の内部告発、これはきっと現代の「直訴」なんだろう。

かつて、坂本龍馬が日本を変えたいと考えたとき、キーマンに会って説得することで時代を動かした。でも、いまの日本にはそんなキーマンなんていない。
頼りになって「その件はオレに任せろ。なんとかしてやる」「安心して家に帰れ。お前は命に替えても守ってやる」と言ってくれる大物なんて、もはや大河ドラマの中にしか存在しないのだ。
現代社会では、情報を知る、ということは「チカラを持つ」と同義だ。チカラには責任がともなう。「知ってしまう=その影響力分の責任を負わされてしまう」のだ。
だからこそ、機密情報は「信頼すべき権力」に任せるべき?でもそもそも、あの映像を機密に指定した”犯人”は誰なんだ?「情報が機密にできる」なんて時代錯誤の判断をして、結果的に国益を損なった責任は問われないのか?
あの保安官はどうするべきだったのか。僕にもわからない。
でも、坂本龍馬の時代にネットがあれば、龍馬はネットで日本中に「時代は変わっている!」と叫んだに違いない。

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以上です。
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